麻紀に襲われる
「えへへ……来ちゃった」
そこには、上目遣いで俺を見つめる麻紀がいた。
いや、来ちゃったって。しかもよりにもよって麻里亜先輩がいる時に。
……今日の所は帰ってもらおう。うん、そうしよう。麻紀がいたら修羅場は必至だ。
「麻紀、今日は麻里亜先輩がうちに来ているから無理だ。今度埋め合わせするから今日の所は諦めてくれないか?」
俺が麻紀に帰るよう促すと、麻紀はクスッと微笑んで──
「無理♪」
まさかの拒否。
これには後ろで様子を見守っていた2人も我慢できなかったようで。
「麻紀ちゃん、無理って言われても困るよ。ここはお兄ちゃんと私の家なんだし」
「須藤さん?それは少し横暴なんじゃない?」
たまらず2人は声を上げる。
しかし、麻紀は全く意に返さない様子。
「大好きな人が他の女を家に呼んでるのをみすみす見逃す訳ないでしょ?」
さも当然と言うように首を傾げている。
「ッ!」
こうもストレートに好意を示されたら、中々帰れとは言いづらくなってしまう……
と言ってもそれは俺にとっての話で。
2人に対しては当然火に油を注ぐようなものだ。
「ふん!麻紀ちゃんなんて知らない!」
「……恋敵なら馴れ合うつもりは無いわ」
2人とも拒否の意思を示した。
……というか、麻里亜先輩のお嬢様口調久しぶりに聞いたな。
とか考えていると、袖を引っ張られる感触があった。
一瞥すると、上目遣いで俺を見る麻紀の姿があった。
「2人には拒否されちゃったけど、健人は私と遊んでくれるよね?」
……確かに俺は、光に頼まれて麻里亜先輩を呼んだだけであって、今は絶賛フリーである。
つまるところ、俺が麻紀の相手をすれば全て丸く収まるって事だな。
光は麻里亜先輩とお話できて、俺は麻紀と暇つぶしに遊ぶ事ができる。
Win-Winじゃないか。
「じゃあ俺の部屋でゲームでもするか。2人共、俺は麻紀と遊んでるからじっくりお話とやらをしてくれて大丈夫だ」
そう言って俺の部屋に行こうと階段を登ろうとした瞬間。
「お兄ちゃん!そ、それはあんまりだよ!」
光に腕をがっしりと掴まれてしまった。
心なしか焦っているようにも見える。
「ど、どうしたんだよ。麻里亜先輩と話があるんだろ?」
「あ、あるけど!部屋に2人っきりは駄目!」
「あれぇ?光ちゃんも麻里亜先輩も私の相手してくれないんだよね?だから健人に相手してもらおうと思ったのに、それなのに私から健人すら奪おうとするなんてそれこそ「横暴」じゃない」
「よくも抜け抜けと……元々お兄ちゃんが目的だったくせに……」
「私とした事が……完全にハメられた」
2人して麻紀を睨みつけているが、当の麻紀は、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。
「じゃあ行こっか?」
「お、おう」
一悶着あったようだが、軍配は麻紀に上がったようだ。少し光と麻里亜先輩の様子が気になって横目でチラリと見るが、それに留めて麻紀に付いて行く事にした。
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「健人弱すぎ〜」
「グッ……」
屈辱だ。完全に俺を嘲笑ってやがる。
俺の部屋で麻紀と対戦型ゲームをする事にしたのだが、結果は俺の0勝6敗。
幼馴染なだけあって、麻紀とはこのゲームで何百試合は遊んでいる。その中で俺が勝てたのは体感2割ほど。
俺が持っている据え置きゲームなのに何故か麻紀の方が上手いのだ。
……わかっていたよ。わかっていたさ。どうせ今回も麻紀にボコボコにされることは。
でも、ここ最近俺達の仲が険悪だった事もあったから、ゲーム機を持ってない麻紀はブランクがあるはずだったんだ。
なのに……。
「もうゲームやめる」
「あ〜、健人が拗ねちゃった」
体育座りで俯く俺。側からみたら、ゲームでボコボコにされて拗ねる高校生という酷く滑稽な図に写るだろう。
「じゃあ私漫画読んでるね?」
俺のベッドにダイブして漫画を読み始めた麻紀。
その姿は酷く無防備だ。
「足をバタバタしないでくれ、パンツが丸見えだ」
「別に健人だから良いし〜」
「……良くない」
注意したは良いものの、全く聞く耳を持たない。
「麻紀。真面目に注意するが、男の前でそんな無防備な姿を見せちゃ駄目だ。最悪襲われるかもしれないんだぞ」
俺が強い口調で注意すると、麻紀は漫画を読む手を止めて、こちらに向き直った。
「健人。私の事、痴女かなにかと勘違いしてるでしょ。こんな無防備な姿見せるのは健人の前だけ。……健人になら襲われてもいいし」
横に目を逸らしながら、頬を赤くして俺を見つめてきた。
……そういう事なのか?……襲えって事なのか?
ルパンダイブ決めちゃっていいのか?
……据え膳食わぬは男の恥って言うもんな。
覚悟を決めて、襲い掛かろうとした時。
ふと、頭の中に、光と麻里亜先輩の顔が思い浮かんだ。
……そうだよな。光や麻里亜先輩に悪いよな。
このまま性欲に身を任せるのは2人の好意に対する裏切りだ。
「麻紀。気持ちは嬉しいけど、俺に好意を伝えてくれた人が他にいる今は、君を抱く事は出来ない」
あぁ、言ってしまった。
自分で決めた事なのに、どこか後悔している自分がいた。
ドンッ!
唐突に何かを叩きつける音がしたかと思えば、俺は麻紀に押し倒されていた。
叩きつけられたのは俺だったようだと瞬時に理解した。
「お、おい。なにするんだ──
不意に、ポツッと俺の頬に雫が落ちた。
眼前に見えるのは目尻に涙を溜めた麻紀。
「……そんなに私……魅力、無くなっちゃったかな……」
どこか諦観したように、暗い声を響かせながら泣き笑いを浮かべていた。
「そんなことない。麻紀は十分魅力的───「じゃあ、じゃあどうして!どうして襲わないの!」
激昂する麻紀は、酷く辛そうに見えた。
数瞬の沈黙の後、ポツリ、ポツリと麻紀は話始めた。
「……わかってた。私の事が好きな健ちゃんはもういないって。私よりももっともっと魅力的な女の子に告白されて、私の存在が薄くなってるって。
……だから……だから!」
「……体で繋ぎ止めようとしたって事か?」
「……」
ほんの少しの沈黙。それは肯定の意味を示していた。
「……そうだよ。都合の良い女でも良い。体の関係だけでもいい。それでも、貴方のそばに居させてくれるなら、それだけで私は幸せ」
光の欠片も無い淀んだ瞳で俺を見つめてくる。
「麻紀、俺に良いように使われて捨てられるかもしれないんだぞ」
「……捨てられるのは嫌。でも、貴方の彼女……いや、妻になれればそれが一番だけど、それが叶わないなら、貴方に弄ばれる存在でも良い。貴方がどんな形でも私を見つめてくれるなら、それで良い」
……複雑だ。
麻紀にここまで愛されている事への喜び。
彼女の狂気とも言えるその覚悟への畏怖。
二つの感情が胸中をぐちゃぐちゃに掻き乱して、俺自身訳が分からなくなっていた。
……でも、これだけは言える。
「麻紀。そんな自分を蔑ろにする考え方は、間違ってる」
俺は麻紀の目をみて真剣に伝えた。
が、どうやら彼女に響いた様子は無い。
「ふふ……」
俺の言葉を一蹴するかのように、麻紀は微笑んだ。
「何も間違ってないよ。うん、何も間違ってない。あの時君に救われてからずっと思っていたんだもん。間違ってる訳がないよ」
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あとがき
少し立て込んでていたため、更新遅れてしまいました。申し訳ありません。
今回は修羅場を予想又は期待をしていた人が多かったと思いますが、正解は軽めの修羅場(?)と麻紀の過去編へ繋がる話でした。ガチ修羅場を期待していた人は申し訳ございません。ですが、いつかガチの修羅場もやりたいなとは思ってます(笑)のでどうかご容赦を!
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