麻里亜の謝罪と告白


放課後。


「健人!一緒に帰ろ?」


ホームルームが終わった途端、一目散に俺の席に来た麻紀。


昼休みにクラスメイトの前で号泣してしまった為か、その後の授業は終始恥ずかしそうに俯いていたのが後ろからも確認できたが、もう吹っ切れたらしい。


「悪い、今日は生徒会があるんだ」


「そうなんだ……生徒会頑張ってね……」


あからさまにシュンとしてしまった麻紀。


ここまで気を落とされるとなんだか悪い事した気分になるな……


「また今度一緒に帰ろう。それで勘弁してくれ」


「しょうがないなー。そこまで言うならそれで許してあげますよーだ」


拗ねた事をアピールするかのように頬を膨らませそっぽを向く麻紀。

しかし、先程までに漂っていた哀愁はもう欠片も感じられない。


「ありがとな。じゃあ行くわ」


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「失礼します」


「あっ……お、お疲れ様……」


生徒会室に入ると、中にいるのは麻里亜先輩のみだった。


なまじ今まで彼女に無視を貫いてきたが、流石に2人きりだと気まずい。


それは彼女も同じなようで、俺が来てからというもの、俯いて俺の方を見ようともしない。


と思ったのも束の間、彼女はガバッと顔を上げ、その澄んだ瞳で俺を見据えた。


「佐田健人君、貴方に伝えたい事があります……いつものように無反応でも構わない……けど、出来れば聞いて欲しいです……」


俺に無視されまくって以来、俺にはすっかり敬語を使うようになってしまった彼女。


その姿は前の高慢な態度は見る影もなく、些か弱々しく見えてしまう。


いつもなら何を言われても無視を続ける所だが、今回は違う。


「……聞きますよ。なので思う存分話してください」


「嘘……」


驚きに目を見張る麻里亜。


俺から話しかけるのは絶縁宣言以来なので、彼女が驚くのは無理もない。


「なんですか?聞いて欲しいんじゃないんですか?」


彼女の話を聞いてみると決めたものの、彼女に罵倒されていた事実は変わらないので、どうしても皮肉っぽくなってしまう。


「き、聞いて欲しいです!……じゃあ言うね?」


「はい」


彼女は体を俺の方に向けた。


心無しか体が強張っているように見える。


緊張しているのだろう。


「……まずは、貴方の事を罵倒してしまってごめんなさい。本当は貴方が傷ついてるってわかってたのに、止める事が出来ませんでした……反省しています」


伝えたい事がある、と言われて薄々察してはいたが、栄美子さん程では無いにしろ、プライドの高い彼女が謝罪するというのは俺にとって中々大きい衝撃だった。


「……どうして罵倒なんてしたんですか?」


絞り出せたのはそんな疑問だった。


彼女が反省しているのはよくわかる。


だがこの疑問を解消しなければ和解するしない以前の問題になってしまう。


「え、えっと、そ、その、あの……」


見るからに動揺し始めた麻里亜。


かと思えば今度は何故か顔を赤くし始め俺から目を逸らした。


「……言ってくれないとわかりませんよ」


急に恥じらうような態度を見せた麻里亜だが、そこから理由を探る事など探偵でもあるまいしできるはずも無く……


必然的に彼女の返答を待つ事になる。


「そうだよね……言わないとわからないよね……実は、今から話す事はもう一つの伝えたい事になるんだけどね?」


「……」


「……」


「……」


「……」


「早く言ってくださいよ」



「わ、わかったよ……えっと、貴方を罵倒した理由は……あ、あ、あぅ……」


恥ずかしそうに顔を両手で覆う麻里亜。


またもどもってしまった彼女に少々辟易してしまうが、無言で根気強く待つことにする。


「……」


俺の無言の圧に耐えかねたのか、やっとのこと彼女は言い出した。


「う、わかったよ……貴方を罵倒した理由は……………………………あ、あ、……………………………………………………………………貴方の事が大好きだったからでしゅ!」











……え?


俺は彼女が恥ずかしい噛み方をした事が一切気にならないぐらいには動揺していた。


そんな俺を他所に彼女は顔を真っ赤ににしながら話を続ける。



「け、健人は気付いてなかったかもしれないけど、貴方が麻紀さんと付き合う前からずっと好きで、私アプローチしてたんだよ?」


「……全然気付きませんでした」


「恥ずかしいの我慢して、頑張って密着してみたり、君と少しでも一緒に居たくて、君が溜め込んだ仕事を手伝ったり……」


……あれは全部アプローチだったのか。


密着するのは元来距離感が近い人なのかと思ってたし、仕事を手伝ってもらった件に関しても、単に彼女が良い人なだけだとてっきり……。


しかし、それじゃ納得できない部分がある。


「……仮に俺の事が好きだったとして、どうして罵倒に繋がるんですか?」


俺が聞くと、彼女はバツが悪そうに顔を背けた。


「……嫉妬だよ、とても醜い方の。……必死にアプローチしてたのにどうしてあんな女なんか選んだって……告白もしてないくせに、私を選ばなかった君に強く当たってました」


「……」


俺の事を好いてくれた故の嫉妬、か……。


だから俺と麻紀が付き合い始めた3ヶ月前ぐらいから俺を罵倒するようになったのか。


沈黙して思考する俺を置いて、彼女は続ける。


「何度も何度も君を罵って、八つ当たりした。途中からそれが快感になっている部分もあった。……でも、でも!やっぱりこの気持ちから目を背ける事はできなかった」


「……」

 

「私、島崎麻里亜は、貴方の事が今でも大好きです」



「「……」」


2人とも一様に口を噤んだ。


「……麻里亜先輩、ごめんなさい。貴方をそんな目では見れない」


ようやく俺が絞り出した答えは、やはり拒否だった。


すると彼女は一瞬悲しげな顔をしたが、意外にも直ぐに柔和な表情に戻っていた。


「わかってるよ。私が君を傷付けたのは事実だし、今はそんな目で私を見れないのは当然だと思う。でもこれからは、迷惑かもしれないけど、頑張って君にアピールするから。もしも貴方の御眼鏡に私が適う事があれば、貴方の彼女にして欲しい……です」


「……やれるもんならやってみればいいじゃないですか………」


彼女の真っ直ぐな好意に当てられたのか、自分の顔が赤くなっているのを自覚した俺は、それを誤魔化すようにぶっきらぼうに答えた。


「というか、その敬語とタメ語どっちつかずな喋り方止めてください。普通にタメでいいですよ」


先輩に敬語で話されるとムズムズする。


「そっか……そっか!わかった!」


タメ語を推された事で、距離が近くなったと実感したのか、彼女は目一杯破顔した。


「……まだ許すとは言ってないですからね」


その可愛らしい笑みに絆されそうでなんとなく悔しかったので、釘を刺すように彼女に言った。


……と言ってももう手遅れかも知れないが。


麻里亜先輩との和解の流れは奇しくも麻紀と同じような物になってしまったな。








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