謝罪する麻紀


「「ただいまー」」


22時頃、父さんと母さんが帰宅した。



「2人ともお帰り」


「健人、首押さえちゃってどうしたの?」


「……いや、寝違えちゃって…」


もちろん嘘だ。


実妹からつけられたキスマークを隠しているなんて言えるわけがない。

一応コンシーラーを塗ってはいるのだが、なんだか不安で首元を抑えてしまう。


「夜に寝れなくなっちゃうわよ?仮眠も大概にしなさいね。……あ!そうだ!言い忘れていた!」


母さん。その切り出し方は嫌な予感しかしないんですが。


「明日、優子ちゃんたちがご飯食べにくるから!」



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俺と麻紀が幼馴染ならば、俺らの両親同士が仲が良いのはなんら不思議な事ではない。


自分の両親に気の置けない友人がいることに対して否定的になる余地も無いし、必要も無いのだが…


「優子ちゃんと連絡してたら、成り行きで明日2家族皆でご飯食べる事になったの!」


今回ばかりはそれが裏目に出てしまったようだ。


「……」


「娘も連れてくって言ってたから麻紀ちゃんも来るわよ?」


黙っているのが麻紀がいない事への不満と捉えたのか、母さんは訂正する。


「……」


「どうしたのよ?そんな歯切れ悪そうに。麻紀ちゃんの事好きなんでしょ?」


……むしろ嫌いだ。いや、嫌いになった。


でも母さんは俺達の事情は知らないし、教えるつもりもない。


わざわざ麻紀の愚行を両親に伝えても何も良い事はないだろうし、最悪、母さんや父さんが怒って麻紀の両親と距離を取る事もあるかも知れない。それは俺の本意では無い。


それに、父さんと母さんを俺達の問題に巻き込む必要も無い。


だが、母さんに事情を教えないのであれば、ここで渋るのは些か不自然だ。


……この件、飲むしかないか。


と言ってももう決定事項みたいだが。


「健人、愛しい麻紀ちゃんが来るみたいで良かったじゃないか」


今まで沈黙を貫いてきた父さんが何を言うかと思えば……


揶揄われているのかと思ったが、父さんの性格上至極真面目に言っているのだろう。


「別に麻紀の事が好きな訳じゃない」


「嘘ね!」


「嘘じゃない」


……少し前までは嘘だったんだけどな。


母さんの追求を躱すのは中々に骨が折れた。





その後、母さんと父さんは遅れて二階から降りてきた光に俺と同じように説明した。


光も最初は俺と同じように渋っていた。


話の途中、俺の方をチラチラ見ていたので、もしかすると心配してくれたのかもしれない。


母さんは俺達から否定的な反応がくるとは思っていなかったようで少し訝しんでようだが、結局何も追求される事は無かった。


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「「お邪魔しまーす」」



「お、お邪魔します……」


両親に続いて麻紀が少し遅れて挨拶をする。


その声色は少々憂いを秘めているように聞こえた。


間髪入れずに須藤家の皆が手洗いを済ませて、テーブルに座る。


俺の正面に麻紀で、俺の右隣は光だ。


居心地悪そうにに辺りをきょろきょろ見渡していた麻紀と目が合う。


その時に見た彼女の顔はいささかやつれているようにも見えた。


「……最近また早退していたけど、体調は大丈夫なのか?」


「え?」


麻紀は俺に話しかけられると思っていなかったのか、大きく目を見開いて固まっている。


隣も光も同様に驚いていた。


正直話さなくていいのなら話したくはない。


だが、ここで俺と麻紀が一言も口を聞かないならば、母さんと父さんは、なにかがあると気づいてしまうだろう。それは避けなければいけない。

なにより、ここで彼女と話さないならば、今日の食事会は気まずい会になってしまう。


だから致し方なく、だ。


「健人……心配してくれてありがとう。でも、今元気になった!」


当の麻紀はそう言ってはにかんでいる。


その微笑みは、大層魅力的で、彼女の事が嫌いなはずなのに以前と同じように見惚れている自分がいた。


が、右隣からぞわっとするような不穏な気配を感じ、ふと我に帰った。


「お兄ちゃん……どうしたの?ぼーっとしちゃって」


光のハイライトの無い目が俺をしかと捉えていた。


「い、いや……なんでもない」


誤魔化すのに精一杯だった。

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大人達の酔いが回り切った頃、俺はしれっと自室に戻る。


結局、今日の食事会では、麻紀とも結構話をした。


以前の傲慢で高飛車な彼女とは違い、一切罵倒されなかったので、むしろ違和感があった。


光と麻紀も初めは、以前麻紀が光の悪口を言っていた事もあってかぎこちない感じがしたが、最後の方では仲良さげに話していた。


2人の話が盛り上がって、若干俺が蚊帳の外になってきたので、自室に戻ってきた次第である。



ベットでくつろいでいると、ドアが不意にノックされる。


「健人?入るね」


「……おい、せめて入っていい?だろ」


一瞬無視するか考えたが、彼女の言い草に文句を言いたくなってつい口を挟んでしまった。


すると、麻紀はいきなりベッドで上体を起こしている俺に勢いよく抱きついてきた。


「お、おい!」


相手をどんなに嫌っていようと、美しい女性に抱きつかれると、男の本能からかドキドキしてしまう。


激しくなる胸の鼓動を悟られないように、彼女を剥がそうとするも、両手を後ろに回してガッシリとホールドされて、それも叶わない。


諦めて彼女から話を聞こうとすると、胸の辺りが濡れている事に気づいた。


「……なんで泣いてるんだよ」


「……うぅ……うぅ……」


「……ごめんね……ひぐっ……私の勘違いで………ひっぐ……健人を傷つけた……」


「本当は……すぐに……ひぐっ……謝ろうと思ったけど……ひっぐ……私弱いから……出来なかった……」


その後もうわ言のように泣きながら「ごめん」を繰り返し言う彼女の頭を、気づけば俺はあやすように撫でていた。


しばらくした後。


「……落ち着いたか?」


「……うん」


すっかり目元が赤くなっている麻紀。泣いてしまったのが恥ずかしいのか少し顔が赤い。


「その、勘違いってどういう意味だ?」


疑問に思った所を単刀直入に聞いた。


「健人をドMだと思った所……」



「……それはまた何故?」


「健人が、リサたんに罵られたいって言ってたから……ドMなんだって思って……それから健人を罵倒するようになった」


「……そうだったのか」


麻紀の豹変はリサたんが原因だったのか……


「……じゃああの罵倒は全て俺の為に?」


「……うん」


まじか。あの性格が本性だと思ったけど、あれは俺の性癖に合わせて演技をしてくれていたって事か。まあその性癖が間違っていたんだけども。


なんだよ。麻紀は一切悪気は無かったのかよ……。


少しやるせない。


「でも、じゃあ俺が麻紀に理由を聞いた時、なんで教えてくれなかったんだ?」


「それは……、ドMの人は、いやよいやよも好きの内だってネットに書いてあったから」


「……そうか」


やっぱり、ネットの情報を鵜呑みにするあたり、アホの子なのは何も変わってないな。


なんて考えていると、麻紀が意を決したように息を吸って声を上げた。


「……私やっぱり健人の事が好き。大好き。……もう一度やり直せないかな?」

  

──やっぱりか。


やっぱり、まだ俺の事が好きだったんだな。


薄々気づいてはいたが、言われてからやっと確信出来た。


彼女の好意は嬉しい。が、それでも、俺の答えは決まっている。


「……ごめん」


「ッ!そっか……そうだよね……もう私の事好きじゃないよね……」


「……俺、麻紀の事は嫌いじゃない。けど、幾ら本心では無いとはいえ、家族を罵倒した麻紀を好きかと言われたら……分からない。少なくとも、俺はそれを冗談で済ませる事は出来ない」


他にも、すぐに謝らない所だったり、勘違いして突っ走ってしまう所だったり……


それに、俺が彼女から受けた傷は彼女の勘違いだったとしても本物だ。


そう簡単に割り切れる物じゃない。


「……」


しばらく沈黙していた麻紀が目尻に涙を一杯に溜めながら言った。


「本当にごめんなさい……でも私は諦めたくない。本当に好きだから。愛してるから。絶対にまた健人を振り向かせてみせる」


「そっか……」


彼女の強い意志のこもる目に気圧されたのか、俺は中身の無い返事しか出来なかった。


「じゃあ、今日は帰るね?」


「……あぁ」


麻紀が居なくなった自室で、壁に背を向けながら目を閉じる。


……やっぱり俺も勘違いしていた部分はあった。


こうして話をして、初めて解ける誤解もあるってことか……。


……今まで無視してきた他の女子達の話をもう一度聞いてみる必要があるかもしれないな。




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