デレた栄美子
バイトの休憩時間。
「健人くん!私メジャーデビュー出来るかもしれないの!」
「本当ですか!?」
「ちょっと前にレコード会社にデモテープを持っていったんだけど、それが評価されて声をかけて貰えたの!」
俺自身バイトを始めてからあまり時間は経っていないが、港さんから話を聞いて、彼女が夢の為に精一杯努力していた事は知っていた。
そのせいか彼女の努力が報われた事が自分の事のように嬉しくなってしまう。
「まだデビューが決まったわけじゃないけど、確実に一歩前進できた!」
「本当に凄いですよ、港さん!」
「これもここ最近健人くんに励ました貰えたからだね!本当にありがとっ!」
にへら、と彼女がはにかんだ。
「港さん」
突然、俺達の会話を遮る様にして栄美子さんが港さんを呼んだ。
「え、栄美子さん……」
以前の件のせいか、いささか怯えを含んだように港さんは名前を呼んだ。
彼女は何故港さんに声を掛けたのだろうか。また以前のように彼女の夢……いや、目標を否定しにきたのだろうか。
俺が思案し終える前に、答えは示されることとなった。
「……その、い、以前は、わ、悪かった……わね……す、少し……言い過ぎたわ……」
え?
謝った?
栄美子さんが?
俺も港さんも驚きすぎて固まってしまった。
すると、沈黙に耐えきれなくなったのか、彼女が言った。
「……な、何よ!折角私が謝ったというのに無視するの!?」
「い、いえ……とんでもないです……」
「ふん!」
無視された事で不機嫌になったのか栄美子さんはぷいとそっぽを向いてしまった。
と思ったら、徐ろに俺に視線を合わせると
「け、健人!私、謝ったわよ!」
そう言った。
「はい?」
「だから、私謝ったわよ!」
「意味がわからないのですが……」
「むぅぅぅぅ!」
顔を真っ赤にして唸りながらこちらを睨み付ける栄美子さん。
だからと言って訳がわからないのは変わらないのだが。
「だから、港さんに謝ったんだからぁ、もう無視は止めてって言ってるの!」
「……へ?」
完全に予想外の内容に驚いて、間抜けな声を上げてしまった。
「……でも、無視してたのって栄美子さんじゃないですか……」
俺は無視したんじゃない。無視されたからこちらも無視し返しただけだ。
「だって!健人怒ってたから!話かけたくても話かけられなかったの!まあ最初は少し無視してた部分はあったけど……」
そう言い終えるともじもじしながら「寂しかったんだからね……」と小さな声で付け足していた。
地獄耳なのでしっかり聴こえてます。…可愛いな。
ともかく、俺が予想していたムキになっている説は間違っていたようだ。
なんだよ……ムキになってたのは俺だけだったのかよ……。
そう自覚すると無性に恥ずかしくなってきた。
「ちょっと!健人!」
心の中で羞恥に苛まれていて反応出来なかった。
「すみません。少しぼーっとしてて」
……にしても人が変わったみたいだな。
以前の彼女からは他人に謝るなんて想像もつかなかった。
「何かあったんですか?急に謝りにきて」
「た、単なる心境の変化よ。平民に謝るのもまた一興ってね」
照れ隠しで冗談を放つ栄美子さん。ツンデレとでも言うべきか。
「そうですか……まあ、何はともあれ栄美子さんとまたお話し出来て良かったです。やっぱり栄美子さんとお話ししていなかった時のバイトは、なんかしっくりこなかったもので」
「なんでもうお話しないみたいに言ってるのよ!これからもまたお話しなさいよ!また無視なんてしたら許さないんだからね!」
一度謝ってタガが外れたのだろうか。
ツンデレ属性全開に舵を切った彼女に少し気圧されてしまったが、ともかく彼女と仲直り出来て良かった。
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