栄美子を諭す店長

寂しい。


バイトでこんな感情抱いたこと無かったのに。


全部あいつのせいだ。


無視してるのは私の方だけど、それでもやっぱりあいつのせいだ。


本当は私もわかってる。港さんには完全に言い過ぎた。


人への罵倒に慣れすぎて、言っていい事と悪い事の区別がついていなかった。


でも、私は謝れない。自分ですらうんざりするほどのプライドの高さが邪魔をする。


二週間前は、教育係なんて本気で嫌だったけど、この仕事のお陰で、あいつとよく話すようになって、いつの間にかバイトが楽しくなっていた。


あいつを何度も何度も罵倒したのに。


それでも積極的に話しかけてくれて。


口が悪いせいで大学でも孤立してる私は、まるで同年代の友達が出来たみたいで本気で嬉しかった。


だけど……今は、



あいつが話しかけてくれないだけで、凄く寂しい。




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「栄美子君、少しいいかい?」


バイトが終わって帰ろうとした矢先、店長に話しかけられた。


「なんですか?」


不機嫌さを前面に押し出して問う。


「まあいいじゃないか。とりあえず座りなさい?」


そう言って店長は、私を従業員用玄関前の長椅子に座らせた。


1人分間を開けて、店長も座る。


「最近、バイトはどうだい?」


「お陰様で。上手くやれてますよ」


流石の私でも、目上の人には敬語で話すようにしてる。


「私には今の君は、少し上手くやれてないように思える」


「何故です?料理を失敗したことなんて今まで一度もありませんよ?」


「人間関係の話だよ」


図らずも、ビクリと反応してしまった。


「……良好ですよ」


「流石の私でもそれは嘘だとわかるよ。それに最近健人君と一切喋ってないじゃないか」


「……話す必要が無いだけです」


「最近の君は、酷く寂しそうに見える」


「……」


「何があったんだい?」


「……言いたくありません」


「と言われても知ってるんだけどね。なんでも港君の夢を否定してしまったのが発端らしいね」



「……解雇でもしますか?」


「これしきの事で解雇してたらすぐ従業員が居なくなってしまうよ」


「……」


「……君がね?宮原財閥の娘として高いプライドを持っているのは知ってる。でも私には今の君が持っているのはプライドではなく、驕りにしか見えないんだ」


動揺してしまった。


「今日の内容は説教でしたか」


図星を突かれたのが悔しくて、皮肉気に言ってしまう。


「説教じゃない。諭しにきたんだ。君の心に響くかは分からないけどね」


「……そうですか」


「「……」」


少しだけ沈黙が続いた。


先に口を開いたのは店長だった。


「プライドって日本語でなんて意味だと思う?」


「誇りですよね」


私は間髪入れずに答える。こんなの常識だ。


「そうだね。……私はね、君にと思ってる。もちろん謝る事ができたらの話だけどね」


「……謝る事ができるという事を誇りに」


ややこしい事もあって、私は意味を噛み締めるように復唱した。


「そう。君はどうやら自分の非を認めることは自分の価値を落とす、もといプライドが傷つけられる行為だと思ってる節があると思うんだ」


……その通りだ。思っている。


「でも私は、自分の非を認める事は立派な美点だと思ってる。人間って意外と他人の過ちはよく分かっても、自分の過ちに気づかない、又は気づかないふりをする事があるからね」


「……」


「そもそも構造的にそうなってるじゃないか。他人の全身は容易に見られても自分の顔は鏡が無いとどう抗っても見えないだろう?」


なるほど。さっきの発言を体の構造に例えたのか。


「言いたい事はたったこれだけだ。まあ、よく考えてみてくれ」


もっと長ったらしく喋るのかと思ったが、思った以上に短くて拍子抜けした。


「説教は終わりですか?もっと長くなると思ってました」


「本当はフリーターを馬鹿にしている所とか、口が悪い所とか、仕事をやり遂げられなかった人には容赦無い所とか、色々諭したいところだけどね。今日はこのくらいにしておくよ」


「……そうですか。では失礼します」


私はベンチから立ち上がる。それに釣られて店長も重そうな腰を上げた。


「気をつけて帰るんだよ」


「はい。さようなら」


──今日の話、ちょっと心に響きました。


背を向けた店長の背中に、心の中で言った。

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