店長の憂鬱、麻紀の誘い。


現在ファミレスの店長をしている俺だが、かの宮原財閥の令嬢を預かっている。


経緯としては、彼の父親に頼まれたからになって他ならない。


栄美子君の父親、宮原英司とは高校時代の友人だ。


彼から頼まれた内容は、


「お前の店で栄美子を社会勉強を兼ねて働かせてくれ」というものだった。


20歳近い娘に社会勉強をさせるというのは些か遅い。


言外に「いまだに社会でやっていけそうもないうちの娘を教育してくれ」と頼んでいると、すぐに察した。


本来ならば、教育は父である英司の領分であるし、面倒事を持ってきそうな人間を雇いたくはないのだが……友人のよしみで了承した。


了承したのは良いのだが、彼の娘の栄美子君は、私が思っている以上に強烈だった。


彼女は、財閥の娘としてのプライドが異様に高かった。


また、彼女にはリアリストな面もあるようで。


うちには、夢の為にフリーターをしている者が多くいる。


そんな彼らのことを見下していたのはわかっていた。


どうやら彼女の中には、夢を追って定職に就かないフリーター=現実も見れない無能という考えがあるらしい。


もちろん、私は彼女にフリーターへのあからさまな態度を止めるよう注意を何度もした。


定職に就かない事が悪いことではない。夢を持ち、それを叶えるために努力するのは素晴らしい事だ、と。


一度でも彼女の心に響く事は無かったが。


同じくらいの年頃の教育係に就けばなにか変わるかと思い、彼女を健人君の教育係にした。


彼女の言う「平民」の健人君と関わる事で、何か心情の変化が現れればいいと思ったのだが。


「駄目だったか……」


報告は聞いた。


なんでも、栄美子君が港君のミスを叱責し、あまつさえ彼女の夢までも否定してしまった。それに健人君が怒り、現在2人はギクシャクしていると。


「彼女を社会でやっていける人間にする。とんだ無理難題を押し付けられたもんだな。」



ポツリと私は呟いた。


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教室に入ると、一つの席の周りに人だかりができていた。


「おっす健人!久しぶりにお前の元カノ降臨したぞ!」


「悠人、お前は朝からテンション高えな」


そうか、麻紀が来たのか。


なんだかんだ言って心配していたのは事実なので、少しほっとする。


挨拶の流れで悠人と取り止めのない話をしていると、ふと麻紀と目が合った。


彼女は大きく目を見開いていたが、こちらは無反応を貫く。


現在進行形で無視は継続してるからな。


だが、ここで彼女から目を逸らすのは、まるで意識しているかのようでなんとなく悔しい。


そのため、俺は彼女から目を逸らさない。


それによって硬直している彼女と数秒見つめ合うというバカップルのような状況になっていると、ふと彼女が俺に向かって微笑んだ。


「…ッ!」


それは、彼女と付き合う前、まだ俺に暴言を吐き散らす事の無かった頃の、優しさに溢れるあの魅力的な笑顔と瓜二つだった。


内心少しドキッとしてしまったが、顔に出したらまるで未練があるみたいになってしまうので、意識して出さないようにした。


……今更なんだよ。


なんて思いながら。


俺に反応が無い事を悟ったのか、彼女は一転して深く悲しげな表情になった。


まあそりゃ相手が誰でも笑顔向けてんのにガン無視されるのは悲しいよな。


でも、なんで麻紀は俺に笑顔を向けてきたんだ?


俺のこと、まだ好きなのか?


いやいや、元カノがいつまでも自分の事を好きだと思ってしまうのは男子あるあるだってネットに書いてあったな。


危うく勘違いする所だった。


そもそもあいつが俺の事を好きなわけがないじゃないか。


あんなに俺を痛ぶってきたわけだし。



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昼休みになった。


今日の朝は少し寝坊してしまい、光の弁当は作ったものの俺自身の弁当は作れなかった。


仕方ないので購買に買いに行く為、廊下に出た。


「健ちゃん!待って!」


……元カノからの完全な不意打ちに俺は一瞬固まってしまった。


しばらく沈黙が続いた後、彼女は言った。


「また、一緒にお弁当食べない?」








……遅いんだよ。


……もう手遅れなんだよ。


……健ちゃんってなんだよ。


付き合ってからはそんな呼び方してなかったじゃないか。


付き合ってからは昼食も自分から誘ってくれなかったじゃないか。


なんで今更。


なんで今更。


俺が好きだった君に戻ってるんだよ。


それに、君の中では俺への罵倒は無かったことになってるのか?


謝罪一つ無いじゃないか。


そう考えているうちに、俺は麻紀にどうしようもない怒りを覚えていた。


まずい。このままではこの怒りを麻紀にぶつけてしまう。


ならばそれを防ぐ為にも、当初の誓いを守る為にも。



俺は彼女を視界から外し、無言で購買部へと歩き出す。


無視である。


「健ちゃん!待って!健ちゃん!」


後ろから俺を呼ぶ声に耳を傾けることはなく。












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