逆に無視される


「では、面接を始めます。店長の澤村です。よろしくお願いします」


「佐田健人です。よろしくお願いします」


今、俺はバイトの面接に来ている。


このような形式は高校受験の面接以来だから中々緊張するな。


「といきたい所なんだけど、君採用ね。明日から来れる?」


「え?採用ですか?」


「もう履歴書で君の人となりはなんとなくわかったし。なによりうちはいま慢性的な人手不足でね。猫の手も借りたいぐらいなんだよ」


「そうですか、わかりました。よろしくお願いします。それと明日から出勤できます」


「じゃあシフトの予定とか詰めて行こうか」


「了解です」





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「お帰り〜お兄ちゃん!面接どうだった?」


「即採用だった。明日からだって」


「え?明日から!?研修とかあるんじゃないの?」


「明日からその研修だってさ」


なんでも年齢が近い教育係の人が俺についてくれるらしい。


「初めてのバイトだから緊張するな」


「じゃあ光がお兄ちゃんの緊張を解してあげるね?」


この後めちゃくちゃ……









マッサージされた。


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翌日。俺はバイト先へ向かっていた。


心なしか体が軽い。


まさか光があれほどテクニシャンだとは思わなかった。マッサージのな。


従業員用玄関から中へ入る。


「おお、健人君。待ってたよ」


俺を出迎えたのは店長と、その隣にいる大学生くらいの美女だった。


「この子が君の教育係になる宮原栄美子君だ。

なんでも健人君は料理が得意なんだよね?

今日から彼女と厨房に入って貰おうと思ってる」


「なんで私が……」


「わかりました、店長。栄美子さんもよろしくお願いします。」


「精々迷惑かけないようにする事ね。」


……あら?結構性格キツいタイプなのかな?




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「はぁ……」


性格がキツければ指導もキツいのは当たり前か。


彼女、機嫌が悪いのか俺に八つ当たりするように罵ってきた。


どうやら俺は罵倒系女子との縁に恵まれてるようだ。何も嬉しくないけどな。


これが二週間続くのか……辛いわこれは。


「お、君が新人か?」


「あ、はい。佐田健人です。よろしくお願いします」


「おう。俺はフリーターの真壁真吾だ。みんなにはフリマって呼ばれてるぜ」


フリマで不覚にも吹き出しそうになったが、初対面でそれは失礼かもしれないので、なんとか堪える。


「健人の教育係って栄美子ちゃんだよな?店長に聞いたぜ」


「あぁ、そうです」


「結構キツイだろ?」


「ええ、とても」


「こんな事陰口になるからあんま言いたくねえんだが……彼女、お前が思っている以上にヤバイぞ」


「……そうなんですか?」


「彼女、宮原財閥の令嬢で社会勉強の為に親父にバイトをさせられてるんだ。だからプライドが高くて周りを見下してる」


まじかよ。あの宮原財閥の令嬢だったのか……


「前に彼女の教育係についたフリーターは彼女の罵詈雑言に耐えきれず辞めていったんだぜ?」


「マジですか……俺も今日めっちゃ罵られました。料理が上手くいかなかった時にグズとか」


「初日でそれかよ。本当やべえな」


「これはちょっと辛いですね」


「まあとにかく、俺が言えるのは精神病みそうになったら店長に教育係変えてもらうように言うんだぞって事だな」


「そうします」




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栄美子さんとの研修は一週間が経過した。


丁度折り返し地点だ。


と言ってもシフトの関係もあるので、7日間全てバイトだった訳では無いが。


ここまでくると栄美子さんの毒舌も慣れたもんだ。


どうやら俺は罵倒系女子耐性が高いらしい。精神も今のところ病んではいない。


むしろ会話のキャッチボールも増えて、少し仲良くなれたような気もする。


夜9時に差し掛かり、客もまばらになった。


現在、厨房は俺と栄美子さんの2人で回している。


しばらくした後、料理の注文が途絶え、厨房に暫しの沈黙が訪れる。


少し気まずい。


「ねえ、健人。貴方よく私の指導についてこれるわね」


「……どういう意味ですか?」


「こんな罵詈雑言放ってるのに貴方最近は全く狼狽ないじゃない。普通じゃないわよ」


自覚あったんだ。


「最初はそれは面喰らいましたけど、なんだかんだでしっかり教えてくれますし」


「……そう」


「俺からも、一つ聞いてもいいですか?」


「なによ」


「口調が悪いのは元来の物ですか?」 


「どうしてよ。」


「なんか意識して口を悪くしてるように見えたので。俺の勘違いかもしれないですけど」


彼女は、少しの間を置いて、口を開いた。


「意識してるのはある。平民如きに舐められたくないのよ。気高い宮原財閥の娘に生まれた私は、平民にマウントを取られるわけにはいかないの。決して。私たちは見下す側で見下される側じゃない」


……見下す側で、見下される側じゃない、か。


「……少なくとも俺は、栄美子さんとはそういうのは関係なしに接してきました。でも、栄美子さんに見下されてたんだとしたら、少しショックです」


そう俺が言うと、栄美子さんは少し目を見開いた。


「……そう。勝手にショックを受けていなさい。平民と私では住む世界が違うの」


少しギクシャクしてしまったが、その後の研修も特に荒れる事なく消化していって迎えた最終日、事は起こった。





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「何してるのよ!」


従業員玄関の手前、客足からは最も遠い位置で怒号は響いた。


事の原因は、現在怒号を受けているフリーターの港さんにある。


端的に言うと、彼女が注文された料理を作るのに失敗してしまい、お客様にお出しするのが遅れてしまった。


ここ二週間研修をして、彼女の人となりも見てきた。


港さんは、類稀なる不器用な人間である。


店長曰く、レジに立てば渋滞ができ、客の前に出ればなんらかのトラブルが起きるらしい。


仕方なく1番マシな働きができ、かつフォローもされやすい厨房に回したそう。


そんな彼女が足を引っ張り、それに耐えかねた栄美子さんが憤り、俺がそれを諌めようとしているのが今の状況だ。


厨房は人が少ない時間帯だったため、事情を話して預けてきた。


当の港さんは、物優しい性格もあってか、年下の栄美子さんの怒号に完全に萎縮してしまっている。


栄美子の罵詈雑言は止まらない。


「だいたいね?なんでこんな向いてない仕事してるのよ。就職出来なかったのかしら?」



「夢があるので……」



「なんだったかしら、確かシンガーソングライターとしてデビューしたいんだっけ?ねえ、本当になれると思ってるわけ?」


それはだめだ。


それを否定するのだけはやめてくれ。


彼女が前に教えてくれた。不器用な自分の唯一と言っていい程の得意な事で、本気で目指してる夢であり、自分の生きる意味そのものだと。


「栄美子さん!それは関係無いでしょう!」


たまらず俺は声を上げる。


だが栄美子は止まらない。確実に息の根を止めるつもりだ。


「バイトすらも務まらない貴女が──


やめてくれ。


──シンガーソングライターとしてデビューなんて──


今ならまだ俺のいい先輩でいられるんだ。やめてくれよ。



──できるわけないじゃない。私が保証してあげるわ」




「……謝ってください」


「何よ。平民が一丁前に反抗するの?」


「謝れよ!!」


俺の怒鳴り声に彼女は体をビクッとさせた。


「貴女の毒舌はまだ許容できる。でも人の夢を否定するのは看過できない!」


謝れよ。謝ってくれ。そうしたら、彼女の生きる意味そのものを否定した栄美子さんを、俺も、彼女も許せるかもしれない。


「い、嫌よ。平民如きに謝るなんて私のプライドが許さない」


「……そうですか、残念です。尊敬してたのに」





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栄美子さんが厨房へ戻った後、俺は港さんと二人でベンチに腰掛けていた。


「やっぱり私、デビューなんて無理なのかなぁ」


さっきの言葉を気にしてるようだ。


「港さん。あの人の言葉は気にしなくて大丈夫です。きっと叶う、なんて無責任な事は言えませんが、夢の為に頑張っている港さんを俺はかっこいいと思ってます」



「……ありがと。そう言ってくれると本当に嬉しいよ。これからも頑張ってみる」



彼女が夢を諦める事にならなくてよかった。





それからと言うもの、俺と栄美子さんが関わる機会はまるっきり無くなった。


バイトでシフトが被る時もあるが、栄美子さんは俺に話掛けることはなくなった。


無視されている。


栄美子さんに無視される謂れはないとは思うが、プライドの高い彼女のことだから俺に怒鳴られたことで、ムキになってるのだろう。


まあ彼女が無視するなら俺も話しかけることは無いが。


……ムキになってるのは俺もなのかもしれないな。


そう思いながら自嘲した。










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