赤村莉子と光の心の内
「違う……違うの……先輩……」
先輩が教室から出て行った後、上の空で午後の授業を受け、一人寂しく帰宅した。
散々枕を濡らした後、懺悔する様に私は呟いた。
もう取り返しのつかない事態に発展してしまった。
「……だって……だってぇ……」
妹だってだけで無条件に愛される。
それが恋愛感情じゃないことはわかってる。
でも、どんな形でも愛されている彼女が本当に羨ましくて、恨めしくて。
先輩が彼女と別れて、やっと私を見てくれるって思ったのに。
「俺は光がいるからいいんだよ」
先輩の声が脳内で木霊する。
光ちゃんさえいなければ。
どんどん彼女に対して悪感情が溜まっていった。
その感情の捌け口として、いじってやろうと思って、友達を扇動した。
特に実行役を買って出ていた佐保子ちゃんは、以前からみんなから愛される光ちゃんの事をよく思って無かったらしく、積極的に動いてくれた。
こうして私達は光ちゃんをいじった。
途中からどんどんいじりが苛烈なものになっていったのを側で見て感じた。
でも、自分から言い出した手前、止める事は出来なかった。というよりしなかった。
彼女は日が経つごとに弱っていった。
クラスのみんなも自分に「あれはいじめじゃない。いじりだ」って言い聞かせて、関わらないようにしていたのだろう。
佐保子ちゃんもいじりといじめの境界線を狙っていた節がある。
今日のはどこからどう見てもいじめだったが。
ともかく、以前はあんなに明るかった光ちゃんが、涙目になって俯いている。
それを見る度に何度も背中がゾクゾクした。
先輩が教室に来てしまうのではないか。
光ちゃんが先輩に相談してしまうのではないか。
もちろん頭によぎった。
だからってもう止まれない段階まで来ていた。
……今謝罪をすればまだ先輩に許してもらえるかも。
メッセージアプリの電話機能を使って、先輩に電話を掛けた。
…でない。でない。でない。でない。
しばらくすると、強制的にコール画面が終わり、
画面に、応答なしの文字が映る。
ブロック、されちゃった。
もう、死のうかな。
私が死んだら、先輩悲しんでくれるかな。
嫉妬でいじめちゃう醜い私を想って泣いてくれるかな。
もし、泣いてくれるなら。
死ぬのも悪くないな。
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「光、少し話をしよう」
「……わかった」
帰宅した俺は、光をリビングの椅子に座らせた。
俺は光の向かい側に座り、彼女と対面する。
単刀直入に聞く。
「いつから、いじめられてた?」
「…1週間前ぐらいから」
やはり光が暗くなり始めた時期と一致するな。
「どんな事、されてたんだ?」
「最初は教科書を隠されるとか、軽いものだった。でも、どんどん過激になっていって……トイレ掃除の時に、偶然を装って水をかけてきた事もあった。」
殺意が湧いてきた。
本当に許せない。
「どうして、お兄ちゃんに相談してくれなかったんだ?」
これが俺は1番聞きたい。
「……」
しばらく沈黙が続いた後、遂に光は口を開いた。
「だって……だってぇ、今まで……何度もお兄ちゃんに……助けられてきて……もう……1人で……解決……出来ないとって……もうお兄ちゃんに……逃げないようにって……」
胸の内から絞り出すように、何度も言葉を途切れさせながら光は話してくれた。
そっか、光も俺から自立しようって頑張ってたんだな。
俺は光に優しく、諭すように言葉を返した。
「……光。1人で解決する必要なんてないんだ。人間は1人じゃ生きていけない。支えあって生きていくんだ。俺を頼るのは決して逃げじゃない。むしろ、俺に頼る事から逃げるな」
これは少し暴論かもしれないなと、自分で言いながらもそう感じた。
でも、俺が伝えたい事はそこにある。
「……でも、お兄ちゃんに一生頼れるわけじゃない…」
「いや。一生頼ってくれ。その方がお兄ちゃん冥利に尽きる。光のためならどこからでも駆けつけるさ。……それに、そうやって何度も何度も俺に頼っている内に、いつの間にか光が自分で処理できる事が増えていくと思う」
この考えが正しいかは俺には分からない。
でも、子が親に頼って成長し、いつかは自立するように。俺も光が俺を必要としなくなるまでは、支えていきたいと思う。
「これからも、いくつになっても、光だけじゃ荷が重いと感じたら俺を頼ってくれ。俺は一生お前のお兄ちゃんなんだからな」
少しの沈黙の後、
「…うぅ………うぅ……」
まーた泣き出した。
……今日の俺の胸板は、光専用だな。
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