第1話 未練
「知るか!」と言われた。「もう一年でしょ。いい加減、リサさんのことは忘れなよ」
「春子。もう少し、
「なったよ、十分! この一年、ひたすら慰めて、この有様なんだから。もうそろそろ、前に進め、て言ってんの」
「前に進め、て言われてもなぁ? やっぱ、そう簡単にいかないよな。別れ方がなぁ、突然だったもんなぁ」
「そうやって、純平も甘やかすから……」
飢えた学生が長い列を作り、ガヤガヤと騒がしい昼どきの学食で、仲良く並んで座りながら口論する二人。同期で同じ学科の
春子のうんざりとした顔。気遣うように、遠慮がちに微笑む堀の顔。日替わり定食を食べながら、そんな対照的な二人の顔を眺めるのが、いつの間にか、リサが消えた日常になっていた。
ゆるいウェーブがかった短い髪は、また染めたのだろう、明るい茶色になって、窓から注ぎ込む太陽光に赤く焼けて見えた。背も低く、愛くるしい顔立ちの春子は、共学のはずの大学で、男子校さながらのむさ苦しい生活を送らなければならない工学部の男達にとって、アイドル的な存在だった。
そんな春子を遠慮なくかっさらってトライを決めたのが、彼女の隣で人の良さそうな顔して座る短髪の男――堀だった。高校からラグビー部だったらしく、大学でも授業よりも熱心に部活動に励んでいる。常に平常心で動きも話し方ものんびりとして、声を荒らげる姿すら想像もつかないが、試合になると、仏様みたいな顔でダンプカーのごとくタックルしてくるらしい。おそろしくて、試合の応援になど行く気にならない。背も高くがっしりとした体躯で、春子と並んで歩く様は犯罪じみて、見ているだけでハラハラしてくる。
ああ、でも――二人を紹介したとき、リサは「お似合いだよね」と言っていたな。天真爛漫、そんな言葉がよく似合う屈託のない笑顔を浮かべて。
「リサ……」と、気づけばため息まじりにつぶやいていた。
すると、子猫みたいな顔をフレーメン反応さながらにしかめ、春子が俺を睨んだ。
「あー、もう、情けない! リサさんと付き合っていたときは、身なりもマシになってたのに、今じゃ、汚れたモップがメガネかけてるみたいになっちゃって」
「モップはひどすぎないか」
さすがに反論した。
確かに、リサと別れて痩せたし、髪も伸びっぱなし。リサに選んでもらったお洒落なはずの黒縁メガネを持て余してはいるが。
「リサさんはウチらの一個上だから、就活真っ最中だろうし、忙しくてあんたのことなんてすっぱり忘れてるよ。ぶっちゃけ、もう手遅れ――」
「春子」と、堀がやんわりと口を挟んだ。「お前もさ、事情を全部知ってるわけでもないんだし。もう少し、気遣ってやれって。せめて、言い方、てのがあるだろ」
「関西弁で言えばいいわけ?」
「いや、そういう意味じゃないけど……個人的には聞いてみたい」
「なんでやねん」
何が面白いのか分からないが、仲睦まじく笑いだした二人を眺めながら、やはりリサのことを思い出す。
もう手遅れ――そんなこと、分かっているはずなのに。
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