第43話 混乱な魔王

愛玩ペットだなんて、なんてことを言うの」


 予想外の展開に、ナギは混乱気味だ。


「そんなの、カケルも私も認めるわけないじゃない」

「あたしは大丈夫ですよ。もともとあたしの世界には、奴隷制度だってあったんですから」


 話の方向性が危ういぞ。


「奴隷って言っても、ほっといたら飢えて死ぬような境遇の人が生きるための手段なんで、その制度自体は悪いものではないと思ってます」


 倉臼さんがぐいぐいくる。


「その中で、愛玩って言って、その、可愛がられるための立場ポジションがあって……」

「それ以上言わなくていいから!」


 ちょっともじもじする倉臼さんのセリフをナギが遮る。

 ナギは居住まいを正して言う。


「いいわ、あなたなんて求められてないことを教えてあげる」


 ナギが俺を見る。


「ちょっと来なさい」


 俺をベンチまで連れてきた。俺をベンチの後ろに立たせ、その前にナギが座る。この位置は……。

 ナギは自分の頭を指差し、呪文を唱える。


『彼方の波を受け止めよ』


 するとどうだろう、ナギの頭の上にピコンと猫耳が、魅惑の三角形が現れたではないか!


「感覚強化をすれば、猫耳くらい生えるんだから、愛玩あなたなんて必要ないのよ」


 ナギは腕を組んで倉臼さんを挑発する。


「駄菓子屋のときは付け耳だと思ってたから許したけど、本物だったんなら話は別よ」


 あ、あのときのを見られてたぁ!? そうか、あのとき確か外に雨宿りのあとが……。やましいことをしてたわけじゃないけど、他の女の子と一緒にいたのを見られていたのは気まずい。それであの頃少し様子がおかしかったのか。

 やましい……? 頭撫でるくらいするだろ? しないか?


「さあカケル、思う存分触りなさい」


 多少の気まずさはあるものの、その至宝の三角形の誘惑にあらがうことは出来なかった。

 俺はナギの頭に手を伸ばし、そのふわふわとした柔らかそうな毛に包まれたものを撫でた。


「うぎゃあ!」


 突然、らしくない叫びをあげて俺の手を払いのけるナギ。顔を紅くしている。


「く、くすぐったい!!」


 自分で自分の猫耳を押さえて荒い息をいている。


「あなた、よくこんなのに耐えられるわね」


 倉臼さんは得意そうに胸を張る。


「これでも天然ものですからね、ぽっと出の養殖ものなんかには負けませんよ」


 言ってる意味はよくわからないけど、感覚強化で作ったナギの猫耳の方が敏感なんだろう。

 諦めたのか、ナギの猫耳はしゅんと引っ込んでしまった。残念。


 ナギは、猫耳のなくなった自分の頭をまだ撫でながら言う。


「で、結局、そんな変な立ち位置ポジションで私と同じ土俵に上がろうと言うの?」

「え? 誰もそんなこと言ってませんよ」

「言ってるでしょ、カケルのそばにいるってことなんだから」

「違いますよ全然」


 はっきり否定されたナギがさらに混乱しているのがわかる。


「愛玩は、カケルくんの所有物ってことだから、立場は下です」

「し、下ぁ?」


 ナギから見た主張の根底が覆されたようで、理解が追いついていない。


「だからって私が認めるわけ……」

「あれあれ、天野さんは魔族最大勢力の魔王にゃんですよね? それにしては器が小さくにゃいですか?」

「な、なにを?」

「カケルくんは魔王の天野さんのもので、あたしはそのカケルくんの所有物にゃんだから、実質あたしも天野さんの配下に加わるってことですよ? 本当の魔王様ならそれを拒否したりにゃんかしませんよね?」


 なんか俺のことでもあるのに、勝手に話がどんどん進んでいる。


「え? 勇者のあなたが魔王の手下になるっていうの?」

「別に、天野さんの世界にとって、あたしはただの猫神バステト族の獣人ですから、なんの問題もにゃいですよね?」

「勇者としてのプライドはないの?」

「プライドを捨てて目的が達成出来るなら、喜んで捨てましょう、魔王様」


 ナギは倉臼さんを煽るつもりだったのだろうが、反対にうまく返されて余計に戸惑っているようだ。


「あたしはこの世界で、魔王様のために戦いましょう」


 倉臼さんは片膝をついてナギにこうべを下げる。


「特に、『死神』モロクからカケルくんを守るためには、戦力が必要だと思います。そのためにもぜひあたしを配下に加えていただきたく」

「確かに、24時間常に守るのは大変……」


 おいナギ、流されるな!

 もっともな理由を提示され、混乱したナギが導き出した答えは……。


「良いだろう。我が配下に加わること、認めようではないか」

「認めちゃダメだって!」

「やったよカケルくん! 天野さんの言質げんちを取ったよ!」


 倉臼さんが俺に抱きついてくるが、俺はそれをギリギリでかわした。


「そんなのダメに決まってるだろ!? ナギ、よく考えろよ!」

「大丈夫ですよね? 魔王様としてのお言葉に二言はにゃいですよね?」

「あ、当たり前だろう、護衛として配下に加えたのだから」


 魔王の立場が発言をくつがえすことを邪魔する。


「ほら、だからこれからは堂々と一緒にいられるよ。せっかくだから、あたしのこともソラって名前で呼んでね」

「そんなこと言ってる場合か、ナギのおめめがぐるぐるしてるぞ。幻術を使ったな!」

「使わないよ。そんなことしてあとでバレたら全部パーじゃん」


 じゃあ、展開と勢いだけで押し通したのか? 勇者の優秀さの一端を垣間見た気がした。


「それに、カケルくんにも悪いことばかりじゃないよ。天野さんと付き合うなら、今後も聖気のコントロールが必要でしょ?」


 倉臼さんが上目遣い気味に近づいてくる。


「今度あたしも慈乃先生から聖気の抜き方を教わるから、抜いてあげるね」

「セイキをヌクですって!?」


 ナギが正気を取り戻して叫んだ。

 倉臼さんが、ヤバッて顔をする。


「いったいなにやってんの! 私だってまだなのに!」


 ナ、ナギさん!? 落ち着いて!


 このあと、倉臼さんの『平常心サニティ』を抵抗しまくるナギに説明と説得をするため、数時間を要したのだった。(結果、帰りが遅くなって、母にめちゃ怒られた)


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