第42話 最終手段な勇者

「お互い、別々の異世界の魔王と勇者なんだよ。赤の他人どころか、赤の異世界人なんだ。二人が戦う理由なんてないんだよ!」


 思えば他にも、魔王の幹部なみの強さを誇るモロクのことをナギが知らなかったり、なんとなくだけど魔法のネーミングセンスが違ったり、違和感は以前からあったのだ。


 背後から、長剣を落とした金属音が聞こえた。


 俺が振り向くと、膝からくずおれた倉臼さんが、大粒の涙を流し始めた。


「ぅわ~~~~ん、にゃ~~~ん」


 大声で泣く倉臼さんに、ナギも気を削がれたようだ。


「そんなに泣かなくても……」

「だって、だって!」


 倉臼さんは泣きながら言った。


「運命の人とライバルと聖剣と仇の魔王の問題が、この世界で一人倒すだけで全部解決出来るんだと思ったら、期待するじゃん! 希望だと思うじゃん! そしたら、全部ダメだって、望みは叶わないって……うぅ……ぅにゃ~~ん」


 いまだ異界化状態だから大丈夫だけど、こんなに大声で女の子が泣いていたら通報案件だ。


「結局全部無駄なんだ! あたしに生きる価値なんてにゃいんだ!」

「そこまで自分を卑下ひげしなくても……ほら、他の世界のでもいいじゃない、魔王討伐でも目標にすれば」


 おいおい、可哀想に思えてきたからって、ナギはナギでなにを口走ってる? それで日常生活がギスギスするのは嫌だし、万が一にもナギが討伐されるのはもっと嫌だぞ。


「出来るわけないじゃにゃい! 理由がないのがわかってるのに、カケルくんの好きな人を殺しちゃったりしたら、今度はカケルくんから嫌われて、修復不可能になっちゃうじゃん!」

「でもほら、私の世界では人類を滅ばそうとする最悪の魔王かもしれないじゃない。私の世界の人類を救う救世主になれるかも?」

「知らないよ、異世界の事情なんて! 天野さんは天野さんの理由があって戦ってるんでしょ! どっちに正当性があるかなんて、あたしにわかるわけないもん!」


「……あなた、案外ちゃんと考えてるし、意外と良い子なのね」


 ナギはすっかり毒気を抜かれ、むしろ倉臼さんのこれからを一緒に考えようとしていた。さすが俺のナギ、優しい。大好き。


 なにかきっかけがないかと思案するナギがたずねた。


「ところで、さっき聖剣がどうのとか言ってたけど、なんのこと? あなたは聖剣ってのを探してるってこと? それは目標にならないの?」

「あ、それは……」


 俺はとっさに言葉が出なかった。

 その話題は、あとで落ち着いたころにしたかった。だからなにか取り繕うとした俺が話をしようとしたのだけど、それより早く倉臼さんが答えていた。


「カケルくんのことだよう。カケルくんが聖剣だったんだよう。あたしの運命だったんだよう」

「……本当なの?」


 ナギが俺を見る。


「いやまあなんかあの……そうみたい」


 嘘を吐くわけにもいかず、素直に肯定する。


「カケルが、魔王を殺す聖剣……?」

「だ、大丈夫だよ! 俺は絶対ナギを殺したりしないし! ナギが嫌ならもう倉臼さんに協力もしない!」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、ナギは考えている。過去の不可解な出来事と照らし合わせて確認をしているのかもしれない。

 無限にも感じた時間は、実際には数秒だったのだろう。ナギがどういった結論を出すのかわからなかったが、俺はその意志に従おうと思った。例え、裏切り者とほふられようと。


 ナギは俺をぎゅっと抱きしめて言った。


「やっぱりカケルは、私の運命の人だったんだ!」

「なんでそうにゃるのよ!」


 そう言ったのは倉臼さんだ。でも俺も同じ気持ちだった。


「だって、私を殺せる唯一無二の存在なのよ? これ以上のついの相手がいる?」

「まさか、これでもダメにゃんて……」


 倉臼さんががっくりと肩を落としている。倉臼さんにとって、このネタは最後の切り札だったようだ。逆効果だったけど。


「私はともかく、カケルを狙うのはダメよ。それだけは譲れないわ」

「あたしだって、カケルくんが運命の人だもん! 諦められにゃいよ!」


 倉臼さんは立ち上がり、最後の決意を固めたようだ。


「だったら、最終手段を使うにゃ」


 倉臼さんは、俺とナギを真っ直ぐ見据える。


「正妻の座は天野さんに譲るにゃ」

「ん? だったらあなたはどうするのよ。愛人なんて、私も世間も認めないわよ」

「あたしは」


 倉臼さんは意を決して言う。


「カケルくんの愛玩ペットになる!」


『やめなさいそういうのは!』


 俺とナギの声が揃った。

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