第35話 勉強会な魔王

 梅雨も明け、夏が近づくのを肌身に感じるころ、学生たる俺たちは、学期末試験という乗り越えるべき壁を目前にしているのだった。


「英語なんて滅べばいいのに」


 ナギがテーブルに突っ伏して呟く。


 今日は俺の部屋で勉強会だ。

 実は先手を打つつもりでキリにも声をかけたんだが、部活の集まりがあるとかで断られてしまった。いつもいいところで邪魔されるから、それなら最初から引き込んでしまおうとナギと話していたんだけど、拍子抜けだった。


 てわけで、二人きりの勉強会。ま、下には母がいるんだけどね。


 お互いの苦手科目を集中的に、一応一時間と少しは勉強をしたぞ。集中力を保つためには休憩も必要だよな。

 用意していたお菓子を開け、ジュースを飲む。


「もうめんどくさい~。数学と理科で点数とるから、英語と社会は適当でよくない?」

「赤点だと夏休み中に補習があるってよ」

「もー、なんなの! 高校という貴重な青春時代を無駄に消費させないでよ」

「その後の人生を考えたら、この時期にしか勉強なんてできないって言うよ」

「そんな大人な意見なんていらないのよ」


「あとさ、いざとなったら、魔界で勉強すれば、もっと時間がとれるんじゃないの?」

「そうね。魔王仕事の合間に時間が取れればね」


 う……そうだった。


「あと、時間がいくらでもあるって思ったら勉強なんて後回しにして、いつまでたってもやらないよ」

「あー、わかるわー」

「でしょ?」


 そんなことを話していると、黒猫のレスがやってきた。


「あ、ねこちゃんおいで」


 にゃあと鳴いてナギの膝に乗るレス。

 俺は、なんとなく考えていたことを言った。


「だったら、ご褒美、とか用意するのはどうかな?」

「ねこちゃんの?」

「試験のだよ」

「どんな?」

「それはやっぱり」


 俺は思わず視線をそらしてしまう。


「ちゅーとか、じゃない?」

「なにそれ、漫画の読みすぎ」


 ナギはレスを撫でながら笑う。

 くそう、漫画のようにうまくはいかないのか。


「それに、そんな約束でもないと、してくれないの?」


 ナギがいたずらっぽく言う。

 前に聖気を抜かれてからまだそんなに経ってない。今なら大丈夫なはずだ。多分。


 テーブル越しにお互い身を乗り出す。

 顔が近づき、あと少し……というところで、どちらからともなく部屋の扉を確認する。

 今までの傾向からすると、このタイミングで邪魔が入るはずだ。


 …………。


 なにもない。


 お互い顔を見合わせ、笑ってしまう。

 そして残りの数センチを埋めようとしたとき。


 黒い塊が邪魔をした。


「レス、お前もか……」


 レスがテーブルに乗って俺の口元を舐めてきた。ザラザラの舌がちょっと痛い。


 そんなレスを見ていたナギが、レスを手で押しのけ、そのまま俺の顔を挟む。


 そのまま半ば強引にキスをした。


 猫の舌のあとだからだろうか、信じられないほど柔らかな感触に、意識の全てが奪われるようだった。


 長いようで短い数秒のあと、惜しむように離れた。


「だ、大丈夫、前払いでもらっただけなんだから。ちゃんと勉強もするんだから」


 ナギはそう言って、そっぽを向いてしまった。

 レスがそんなナギに近寄って見つめる。


「あ、そうだ、ねこちゃんにもプレゼントあるんだよ」


 そう言ってカバンから取り出したものは、毛糸玉に似たおもちゃのボールだった。


 それを見たとたん、レスが部屋の隅に逃げ出す。


「え? なんで?」

「前にちょっとあってね、見慣れない丸いものが苦手になっちゃったんだよね」


 レスはまだ、キクの水風船事件のトラウマから抜け出せてないのだった。


「なによそれ、私のプレゼントが受け取れないって言うの!?」


 ナギがボールを持ってレスを追いかける。逃げるレスが、怯えたように俺のところに駆け込んできた。


「あー! また私より先にカケルをとっちゃうし!」


 ナギもボールを手放して俺に抱きついてきた。レスが挟まれてもぞもぞ動く。


 コンコン、とノックがされ、扉が開いた。


「勉強中にごめんなさいね、レスちゃんこっちに来てない?」


 母だった。


 俺とナギは、すでにテーブルの元の位置に戻っていた。まるで漫画のような、見事な動きムーブだった。


「いるけど?」


 取り残されたて戸惑っているレスを見つけ、母が抱きかかえる。


「こらレスちゃん、お勉強の邪魔したらダメでしょ」


 にゃあと答えるレス。


「勉強は、まだ続ける感じ?」

「もうちょっと、キリのいいとこまでやるよ」


 母の問いに俺が答えた。


「そう。遅くなるようだったら晩御飯用意するけど、天野さん、どう?」

「あ、うちで用意されてるので、大丈夫です、ありがとうございます」

「一人分くらい増えたって大丈夫だから、遠慮せずに言ってね」

「はい、ありがとうございます」


 母は部屋を出て行った。


 俺とナギは顔を見合わせ、声を抑えて笑う。

 その後は、宣言通りキリのいいところまで勉強を進め、後日、期末試験へと挑むのであった。

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