第36話 不安定な幼なじみ

 五日間の試験のうち、二日目が終わった。学校は午前で終わり、ほとんどの人は明日以降の試験の勉強を各々おのおのすることになる。


 今日はナギが家の用事があるとかで、俺はクラスメイトらと適当に別れたあと、一人で帰っていた。

 帰宅途中、見知った人影を見つけた。いや、相手が俺を待っていたようだ。


「キッちゃん、こんなところでどうしたの?」

「カケルさぁ、明日からの試験のために、手をかしてよ」

「いいけど、どしたの?」


 キクはなんだか、怒っているような、困っているような、落ち着かない感じがする。


「じゃああとで、わたしの部屋に来て」

「わかった」


 それだけ言うと、キクは急いで先に帰ってしまった。

 一体どうしたんだ?





「こんにちはー」

「いらっしゃい、カケル君、なんだか久しぶりね。ちょっとたくましくなったんじゃない?」

「おばさん、こんにちは。そうなってればいいんですけどね」


 キクのお母さんと挨拶を交わす。


「キッちゃんいます?」

「ちょっと待ってね。キクー、カケル君よー」


 声をかけてしばらくすると、キクが下りてくる。


「カケルは先上がってて、お茶持ってくから」


 俺は二階に上がり、キクの部屋に入る。キクは俺の部屋にしょっちゅう来るんだけど、俺がキクの部屋に入るのはそう言えばかなり久しぶりな気がする。勉強机にベッドやタンス、部屋の隅にテレビなど、以前と主な家具は変わってないけど、小物やぬいぐるみなどが増えていて、ファンシーな女の子の部屋になっていた。


 とりあえず持ってきた勉強道具を勉強机に置き、それとなく部屋を見回していた。触らなければ、見てダメなものはないだろう。


 本棚の漫画の背表紙を見ていると、後ろから階段を上る足音と、ママは来なくていいからね、と言う声が聞こえる。開けていた扉から入り、足で器用にそれを閉めると、両手のグラスを勉強机に置いた。


「とりあえず、カケルはこれに座って」


 そう言って、勉強机とセットの椅子を向けてくる。俺がそれに座ると、キクはベッドに腰を下ろした。


「ん? なんの勉強からするんだ?」

「今日は、勉強はしない」

「は? 試験勉強って言っただろ?」

「違うよ。試験に集中するために、問題を解決するんだよ」

「問題? なんのこと?」

「カケルのことだよ」


 俺?? キクは腕組み足組みで言ってくる。


「そのキスマークはどういうことなの?」

「はあ? キスマーク!?」


 俺は手、腕を見てなにもなく、顔を触ってみたがわかるはずもなかった。


「首のとこだよ」


 キクが手鏡を渡し、自分の首元を示す。俺はそれと同じところを鏡でうつしてみた。服の襟元をずらしてのぞき込むと、小さな赤い痣のようなものがあった。これがキスマークなのか? こんなところにキスなんて……。


「あ」

「心当たりがあった?」


 多分、ナギの部屋に行って、甘噛みされたときだ。


「それを付けたのが天野さんなら、まだいいの。好き同士なんだから、そういうことだってしたくなるよね」

「まてまて、まだそんなとこまで進んでねーよ!」

「でもわたし、もう一人疑ってるんだよね」

「もう一人? なんのこと?」

「とぼけるんだったら、わたしが最初にそれを見た状況を教えてあげようか」


 それだ、いったいいつこんなものを見る機会があった?


「ソラちゃんと、保健室から出てきたところだよ」


 あんときか!


「授業中になんかやってるからあとをつけてみたら、二人して保健室にしけこむじゃない」


 しけこむとか。


「そんで外から様子をうかがってみれば、セイシだとかヌクだとか言ってるし」


 キクの声がどんどん低くなる。


「最後に出てきたときには、カケルは服も髪も乱れてぐったりしてるし、ソラちゃんは嬉しそうに興奮してるし。中でナニしてたのかな!!」

のない顔をしてるから、たまには息も必要だって話をしてたんだよ! 中には保健の先生もいるんだから、変なことできるわけないだろ!?」


 それにキクは倉臼さんも応援してたんでは? って言うか、もともとストーカー気質なところはあったけど、これはさすがに度が過ぎてないか?


「先生もグルかもしれないじゃん」

「その方が難易度高いよ!」

「その二つが一番可能性の高いところなんだけど」


 けど? 他にもあるのか?


「すっごい低い確率で、わたしかもしれないって思ったら、すっごいモヤモヤすんの!」

「どういうこと?」

「わたしが公園で気を失ったっていうとき、わたしが覚えてないだけで、カケルに変なことしたんじゃないの?」


 思い出したのか!?


「なにもしてないよ。あのときは倉臼さんもいたじゃん?」

「わたしが無理矢理やったんなら、誰がいても同じでしょ!」

「こけたくらいでそんなにおかしなこと普通しないよ。倉臼さんもなにもなかったって言ってただろ」


「こけただけじゃないかも、頭うっておかしくなっちゃったのかもしれないじゃん」

「そんなわけないだろ」

「だって今おかしいもん! いつもはここまでならないもん! あんなに唇が現実的リアルだったから……」


 ぐ……思い出してたか……。


「カケルこっち来て」


 キクが自分の目の前の床を指す。

 俺はそれに従い、キクの目の前に立つ。


「膝立ちで立って」


 俺は足を折り、膝で立つ。


 キクは一度視線を外して、噛みしめるようにして決意の表情へと変えた。


 普段と違い、キクが見下ろす位置から、真っ直ぐ俺の目を見て言った。


「もう一回、ちゅーしてよ」

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