第34話 不可避な訓練

 聖剣の転生体とはいったいなんなのか。


 聖剣は、剣が聖属性であることで成り立つ。それは、剣自体と、それが聖属性であることは、要素が別ということ。つまり、異世界のどこかで聖剣に世界追放を行い、そのうちの聖属性が、俺に同化したということらしい。つまり俺は正確には『聖剣』ならぬ『聖人間』ということだ。


 なんだそれ。


 しかも、この世界の人間は、属性を感じ取る器官がほとんど無いため、自覚することが出来ない。そして、属性のコントロールもほとんど出来ない。血流を自分でコントロール出来ないように。でも、それ自体は別に問題ないらしい。あってもなくなっても大丈夫。だってもともと持ってないものだから。

でも、あまりに急激な変化が起こると、その物理的なショックによって、気を失ったり、そのあとしばらく体調不良になったりはするらしい。


 つまり、俺が持ってても体調不良の原因にしかならない、宝の持ち腐れってわけだ、普通なら。


 ただ、倉臼さんや村雨先生にとっては重要な問題らしい。その聖属性を異世界に送還することがそもそもの目的だということで、俺から抜き出した聖なる気で作った聖水を送ることで、異世界で重要な戦力として使えるらしい。


 それってつまり、ナギにとっては不利な要素?


 ナギの正体や、逆に倉臼さんが魔族と敵対していることは、お互いに秘密にしないとヤバいヤツなのでは?


 っていうか、俺自身がナギにとってヤバい存在なのでは?


 倉臼さんの言うには、「あの小悪魔インプ、カケルくんの聖属性にあてられて消えちゃったんだね」。


 そういうこと?


 え、じゃあつまり、ナギとのキスのときも同じ?


 もしかして、出会いの当初から感じていた、『深い付き合いをすると、死んでしまうような感覚』はこれのせいだったのか。


 ってことは、この聖属性をコントロールできないと、ナギとキスもできないってことなのか? 勘弁してくれ。


 今回、溜まっていたものをほとんど全部抜き出したとのことだが、根源がある以上、一週間もすればまたほぼ満タンまで戻るらしい。その辺は、訓練によっていくらかコントロールができるようになるとのことだが。


 で、俺が一番懸念していたのは、俺自身をいきなり異世界に放り込まれることだったが、倉臼さんたちの技術では、道具ならともかく生き物を送るのは難しいらしく、当面の間、聖属性の提供協力で了承した。俺や本人を魔界に行ったり来たりさせるナギはすごいんだなぁ。

 ホントはこれも気乗りはしないのだけど、「俺の彼女が魔王なんでイヤです」なんて言えるはずもなく……。





 んで、当面の問題としては、俺自身の安全を確保すること。


 俺は正直いままでのほほんと生きてきた。交通事故程度には気をつけてはいたが、これからは俺を直接狙ってくるヤツらに気をつけなければならないのだから。

 まあ、そもそも知っているのは限られた人だけのはずなんだけど、あのインプをやっつけたことで、その仲間に感づかれていることも考えておかないと、命に関わる。かもしれない。


 とは言っても、じゃあ具体的になにができるかって、戦い方を誰かから教わるくらいしかない。ナギに頼めれば一番なんだけど、そもそも聖属性のことをまだ話したくない。俺自身まだ受けとめきれてないし。万が一魔界の人たちに伝わろうものなら、ナギの命令を無視してでも俺を殺そうとするだろう。それはさすがにマズい。なら倉臼さんならどうかといえば、それでなくても気に入られてるっぽいのに、これ以上仲良くなるのはダメだと思うんだよね、いろいろ。一蓮托生とか、ベストパートナーみたいになるのもどうかと思うし。いずれ「一緒に魔王討伐に行きましょう!」なんて言われた日には、「俺の彼女が魔王なんで」以下略。


 てわけで……。





 格技場にピンポン球の跳ねる軽快なリズムが木霊こだまする。

 山根先輩はまるで鷹のような構えで縦横無尽に動き回り、俺は蛇のように構えて変幻自在に対応していく。


 お互い体力の限りを尽くしてラリーを続け、一区切りついたところで休憩をとる。


 そしてやってくる例の人物。


「狩場殿、入部の前にまずはお試しとして、我が輩の個人レッスンから受けてみるのはいかがかな?」

「はいわかりました。部活の終わったあと、よろしくお願いします」

「そうか、ではまたあとでな」


 安藤先輩はそう言って戻って行った。

 山根先輩の動きが止まる。


「狩場、正気か?」

「ええ、たまには付き合ってみるのもいいかと思って」

「優しいな狩場は」


 そう言う山根先輩の目は、優しさとは正反対の鋭さを宿していた。


「卓球は、やめないよな」

「や、やめませんよ」


 状況に目処めどがつくまでしばらくの間は部活には出ないつもりだったが、無理だった。


 そのとき、背後でざわっと空気が揺らいだ。見ると、剣道部員が安藤先輩を見てざわめいていた。どうやら打ち込まれて負けてしまったらしい。

 その安藤先輩が面をとり、ゆっくりとこっちに向かってきた。


「先ほどお主はなんと言った?」

「部活のあとお願いします、のことですか?」

「断らなかったのか?」

「そうですけど?」


 無言で振り返り、戻る安藤先輩。次の相手との手合わせでは、とんでもない気迫で臨んでいた。なにか良いことでもあったのだろう。




「どういうつもりだ?」


 格技場で二人きり、開口一番の先輩のセリフがこれだった。ずっと誘ってきてたのは先輩の方では?


「ちょっと事情がありまして、護身術を身につけたくて」

「護身術……」


 先輩は少し考えてて答えた。


「最も効果的な護身術を教えよう」


 俺は少し緊張して、一言も聞き逃さないよう集中した。


「目をそらさぬようにして距離をとり、あとは全速力で逃げることだ」


 それ真面目なヤツ! ならこれならどうだ。


「守りたい人がいるんです」

「そういうことなら力になろう」


 先輩が竹刀を渡してきた。面倒くさい人だな。


「我が輩はこれでいい」


 新聞を丸めたものを持っていた。ちなみにどちらも防具は着けていない。


「さすがにそれはナメすぎじゃないですか?」

「そう思うなら、いつでもかかってくるがいい」


 俺は竹刀を構え、先輩へと襲いかかった。





 めっためたにやられた。

 まさに手も足も出なかった。もし安藤先輩が操られてたら俺百回は死んでるわ。


「今日はこれくらいにしよう」


 床に倒れた俺に向かって言う。


「俺なんてこんなもんですよ。幻滅したんじゃないですか?」

「最初から全てできるなら、誰も練習などせんよ」


 先輩が手を引いて起こしてくれた。


「いざという時にとっさに反応するには、とにかく反復して体に覚えさせるしかないからな」

「頑張ります」


 俺の場合、それが死に直結しかねないからな。もしなにもなくても、体を鍛えることは損にはならないだろう。


「汗をかいたか。シャワーを使えばいいぞ」


 確かにかなり汗をかいてしまっている。ありがたく貸してもらうことにしよう。


「お言葉に甘えさせていただきます」

「ではいこうか」


 シャワールームに案内してもらい、中で服を脱ごうとしたのだが。


「シャワー、一人用ですよね」

「そうだが?」

「なんで先輩も脱いでるんですか?」

「一緒に入るからだが?」

「普通にイヤですけど」

「なぜだ!?」


 まてまてまて、それはダメだろ。


「失礼します!」


 俺は一瞬で服を着直し、シャワールームを飛び出した。


「なぜ逃げる!」


 俺を捕まえようとする先輩の手を、今日一番の回避能力を発揮して逃れ、俺は全速力で格技場をあとにしたのだった。



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