第32話 寄生な幼なじみ

「うぅ、ん」


 キクがうめき声をあげながら起き上がった。特に変わった様子はないが、本当にさっきのに寄生されているのだろうか? 俺は近づいて声をかけた。


「キッちゃん、大丈夫か?」


 キクは俺を見上げた。ぱっと見、特に変わったところはない。


「かける?」


 怪我はなさそうだけど、なんだかぼーっとしているようだ。


「カケルくん、離れて!」

「うわっ!」


 倉臼さんに後ろから引っ張られた。


「なにされるかわからにゃいよ」

「そうなの? 大丈夫に見えるけど」


 キクは立ち上がってこっちを見た。


「かけるぅ、さみしいよぉ、こっちきてよぉ」


 な、なんだぁ!? 普段のキクなら絶対言わないようなことを言い始めた。俺が戸惑っていると、倉臼さんが俺をかばうように前に出る。


小悪魔インプに寄生されると、他の人にさらに寄生するんです」

「んん? どういうこと?」

「生活面で寄生して、養ってもらおうとするの」

「だったら親とかが手っ取り早くないか?」

「親は先に死ぬし、兄弟姉妹はいずれ独立するから、将来的に末永く寄生できる対象を探すんだよ」

「なんだそれ。たちの悪さが独特」

「最悪だよ。本人の意志にゃんて無くなっちゃうんだから。結局乗り移られてるんだからね」


 そりゃそうか。


「で、治るの?」

「こうなったら、物理攻撃で追い出すのは無理」


 倉臼さんが悔しそうに言う。

 キクは身をすくめるようにして、か弱く庇護欲をかきたてられる仕草で近寄ってきた。


「ソラちゃん、やめてよ。わたしはわたしだよ」


 キクが倉臼さんに抱きついていく。


「あ、キクちゃん、ダメだよ」


 倉臼さんはそれを強く拒むことができず、そのまま抱きつかれた。俺はそれをただ見ることしかできない。


「お、俺はどうしたらいい? どうしたら追い出せるの?」


 倉臼さんは、なんとかキクをひき剥がしながら答える。


「『清浄なるもの』や『祝福されしもの』があれば一番にゃんだけど」

「どこにあるの? 持ってるの?」

「持ってにゃいのよ」

「じゃあどうするんだよ」

「だから困ってるの」


 ひき剥がされたキクが今度は俺の方へ近づいてきた。とてとてと歩き、俺の目の前にやってくる。


「ねぇかけるぅ」


 キクはいままで聞いたことのないような甘えた声を出してくる。


「かけるはわたしとずっと一緒にいるのはいや?」

「気をつけてください! 小悪魔インプは宿主の記憶や感情を読み取って、寄生主ターゲットに最短で近づこうとしますよ」


 俺は一歩下がるが、下がった分だけ詰めてくる。


「なにか、精神的な揺さぶりをかけられませんか?」


 精神的っつっても。


「俺にはナギがいるのを知ってるだろ」

「いまさらだよ。天野さんもわたしのこと知ってるもん」


 急に焦がしたカラメルのような、甘く香ばしい香りが漂い、思考が乱れる。


「天野さんにはちゃんとバレないようにするよ?」


 なにをバレないように? 思考が乱れる。なにか術をかけられている? こんなときに限ってメガネ御守りを持ってない。

 倉臼さんが、俺とキクを引き剥がそうとキクを後ろから押さえようとするが、振り払われてしまった。キクを傷つけないために、あまり強引にできないようだ。


「わたしだって、ほんとはずっとカケルと一緒にいたいもん」


 キクに押されるように後ずさりするが、足がなにかに引っかかって倒れてしまった。そこにキクが覆い被さってくる。


「ねぇかけるぅ、本当の家族になろ?」

「カケルくん、手荒だけど、キクちゃんの意識を奪うよ。このままだと取り返しのつかないことににゃりかねない!」


 倉臼さんの両手に、放電現象がおこる。電気ショックで眠らせるつもりなのだろう。

 俺は意識が朦朧とし、体が自由に動かない。迫ってくるキクを抑えることもできない。


 急激に近づくキクの顔、その唇が押し付けられ。

 直後、はじかれるようにキクが離れた。


 倉臼さんが電気ショックで攻撃したのだろう。できればもう一瞬早くやって欲しかった。


「カケルくん、キクちゃん、大丈夫?」


 倉臼さんが俺を引き起こしてくれた。さらに気を失っているキクを抱き上げ、ベンチへ運んで横たえる。意外な力持ち。

 彼女はキクの額に手を当てたり手を握ってみたりして、反応を見る。


「とりあえず怪我はにゃさそう。今のうちになんとか小悪魔インプを……あれ?」

「どうかしたの?」

「いなくにゃってる」

「え? 別のところに逃げたってこと?」

「外にでたらわかるよ。多分、取り憑いたまま消滅してる」

「じゃあ、電気ショックでやっつけられたんだ」


 倉臼さんは首を横に振った。


「あたしまだなにもやってにゃいもの。キクちゃんやカケルくんを殺さにゃいように、電撃の威力を調整してる途中だったから。カケルくんの頭突きで消えたのかなぁ?」


 頭突き? ああ、倉臼さんからはそう見えたのか。

 っていうか、電撃怖すぎ。


 いったん異界化を解除し、キクが目を覚ますまで待った。


「あれ? わたしなんで寝てんの?」


 自分と周りを確認しているキクに気づかれないように、倉臼さんに耳打ち(……猫耳が消えて、どこに向ければいいのか一瞬悩んだ)する。


(覚えてないのか?)

小悪魔インプの意識支配レベルが高いと、そうなることがあります)


 なるほど、確かにかなり強く支配されてるっぽかったからな。


「飛び出してきた猫に驚いてこけたんだよ。痛いところはないか?」

「それは……うん、大丈夫。けど、えーと、あれ?」


「猫もにげちゃったし、もう帰ろうか。倉臼さんもじゃあね」

「じゃあね。キクちゃん、気をつけて帰ってね」

「あ、うん、ソラちゃんもね」


 変に思い出す前に、強引に話題を進める。

 早歩きで帰りながら、関係ない話をまくしたてる。


 正直、俺も動揺していた。誤魔化すのに必死だったんだ。


 一回目の記憶がほとんど無い俺にとって、実質初めてのキスだったのだから。


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