第22話 水着デーな喫茶店

 ナギが、ときおり後ろを振り返りながら歩く。

 放課後、今日も雨である。


「どうしたの?」

「最近、なにかと邪魔が入るから、警戒してるの」

「挙動不審だよ。逆効果じゃない?」

「使い魔を一匹放とうかしら」

「やめなさい」


 そんなやりとりをしながら歩く。ちなみに相合い傘ではない。


「今日はどうする?」

「今日はね、あそこに行きたいのよ。久しぶりに」


 そう言ってナギが先導する。

 久しぶりに? どこだろう。雨だし、座って休めるところだと思うけど。マックかな?

 そんなことを考えながら行き着いた先は。


「じゃーん、コスプレ喫茶ー」


 倉臼さんのバイト先じゃん。


「なんでまた?」

「だってさー、みんな可愛かったじゃん、料理も美味しかったし」


 まあ確かにそうだな。

 で、そうなると気になる今日のコスチュームは……。


「ナギ、今日はやめよう」

「は? なんで?」

「いいから、今日はやめよう。明日にしよう」


 なんとか店から離れようとするも、店の中を覗いて理解したナギが、ニヤリと笑みを浮かべる。


「入るよー」


 腕を掴まれ、引っ張られる。さすがにそれを振り払うことなど出来ない俺は、強引に店に連れ込まれた。


「いらっしゃいませー。お席に……カ、狩場くん、と天野、さん」


 倉臼さんだ。いきなり、一番会いたくない人に会ってしまった。多分、お互いに。

 なぜなら今日は、水着デーだからだ。


「お、お席、ご案内しまーす」


 倉臼さんの少し震える声で案内されたテーブル席に、ナギと向かい合って座る。


「ご注文、お決まりになりましたら、お声かけください」


 そう言って下がっていった。


「すごいね、ホントにみんな水着だ」


 そりゃそうだ。しかし、目のやり場に困るな。


「見て見てカケル、あのすごい大きいよ」

「え? だれ?」


 そっちを見ると、水色の水着のお姉さんがいた。背中が大胆に開いた水着で、確かに大きい。胸が。


「ちょっと、あんまり見ると失礼だよ」

「なに言ってんの。ここはそういうお店でしょ。いいのよ、見ても」

「そんなわけ……」


 店内を見回してみる。前に来たときは半分くらいだった客の入りが、今日は八割くらい埋まっている。しかも、ほとんどの客は、水着の女の子を眺めて楽しんでいる。


「見られるのが仕事なんだから、見ないと損よ」


 損とかいう問題じゃないだろう。でも、そう言われると、見るのは問題ないのかもしれない。


「今日はなににしようかな~」


 ナギはメニューを見て料理を選び始めた。

 ふと気づくと俺の正面の奥、ナギの背中側のカウンター近くに倉臼さんが立っている。倉臼さんはオレンジ色のビキニで、腰にパレオを巻いている。背中側で右肘を左手で掴んだポーズで、明後日の方を見ている。


 猫耳が、外側に開くように伏せる。ピョコンと戻る。片目を閉じて小首を傾げつつ、猫耳をプルプル動かす。そのままこっちをチラッと見て、片耳だけパタパタする。


 なんだろう? 動いているのはほとんど猫耳だけだし、ってことはそれが見えているのは俺だけ? ただの一人遊びなのかもしれないし、もしかしたら俺へのメッセージの暗号かもしれない? わからん。


 そのあと、今度は右手で頭を撫で始めた。撫でたところの耳が伏せる。反対の頭を撫でる。そっちが伏せると共に逆が立つ。それを何度か繰り返す。その合間にちょいちょいこっちを見る。わからん。


 すると倉臼さんの腕がカウンターに置いてあったペンに当たり、床に落ちた。慌てて振り返り、前屈みになって拾おうとすると、バランスをとるためか尻尾が伸び上がり、パレオがペロリとめくれた。


 見えた!


 次の瞬間、慌てて起き上がり、後ろを押さえる倉臼さん。振り返るのに合わせて視線をそらす俺。


 水着なわけだから見えても問題ないんだけど、見え方ってやっぱりあるよね。


「どうしたの?」


 ナギが俺の様子を見て、振り返る。倉臼さんは、そのときにはもうなにごとも無かったようにしていた。


「ご注文、お決まりですか?」


 オーダーを聞きにきた倉臼さんと俺に、不審の目を向けるナギだが、とりあえず注文する。


「このチョコミントパフェを頂戴。カケルは?」


 しまった、まだ決めてなかった。考えている間に、ナギが倉臼さんを見ていた。


「今日もね……」

「今日のオススメ! これにしよう!」

「夏限定、浮き輪ドーナツセットですね。少々お待ちください」


 倉臼さんを見送り、ナギが言ってきた。


「水着には猫耳付けない方がいいんじゃない?」

「こだわりがあるんだろ?」

「ふぅん。まあそれよりさ」


 なんとか誤魔化せたようだ。ナギには倉臼さんの猫耳が自前のものだと教えていない。倉臼さんにも、ナギは猫耳が見えることを教えていない。ずっと隠しておけるものではないだろうが、やっぱりタイミングはあると思うのだ。


「ねぇ、カケルはどんな水着がいいと思う?」


 ナギは他の店員さんたちを見ながら言った。


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