第18話 花火な魔王

 二時間弱で三件のレストランをハシゴした。俺は単品をつつくだけだったが、ナギはメイン料理をすべてたいらげていた。さすがに後半はきつそうだったけど。


 そのナギは、曇りはじめた空をにらんでいる。


「ここからが本番だからね」


 ナギについて歩くと、あるアトラクションに近づいていった。ここは山をくり抜いた廃坑をモチーフにして、その中をトロッコで走り抜けるという絶叫系アトラクションだ。絶叫系はやっぱり人気で、一時間ほどの待ち時間のようだ。


「そんなに食べたのに、乗り物に乗って大丈夫?」

「乗るわけじゃないのよ。高いところに行きたいだけ」


 高い? 見上げれば、山モチーフなだけあって確かに高い。


「でも今から並んだら、上の方にいくだけでも時間かかるんじゃない?」


 それに、乗り場自体は低いところにあるだろうし。


「そこはそう、奥の手よ」


 振り返って可愛く片目を閉じて見せるナギ。逆に、とんでもないことを考えているんじゃないかという予感がする。


 辺りを見回し、人の少なそうな方へ進むと、従業員用通路の入り口だろうか? 誰もいない脇道があった。


「ちょっと上に行くから、気をつけてね」

「まさか、魔界の力を使うの? ここで?」

「えへっ♪」


 可愛く笑った直後、辺りの景色がモノクロ白黒になる。


 ナギが現実世界で使える力は大まかに二つ。

 一つは、異世界移動をするための『ゲート』を作る能力。

 もう一つは、現実で異世界の力を使うための空間を作る能力。これを俺たちは『異界化いかいか』と呼んでいる。


 異界化された空間は、現実から少しだけ異世界にずれた空間で、これはナギが認めない限り、普通の人には認識出来ない。


「じっとしててね」


 ナギが抱きつき、持ち上げる。

 そしてそのまま、真上に飛び上がった。ときおり壁面を蹴りつけつつ山を駆け上がる。


「ふぉっ」


 思わず声が出るが、なんとか我慢する。荷物のようにかつがれた状態で一気に小さくなる地面と、見渡す景色の大きさにヒュンてする。


 上昇速度のわりに負荷は小さい。跳躍のほかにも浮遊かなにかの効果を使っているのだろう。


 時間にすると五秒程度だったろうか、頂上付近にある狭い平地まで一気に上がった。平地と言ってもたまたまデザイン上そうなっていただけで、本来人が出入りする場所ではない。布団を三つ敷けるかどうかといった広さだ。当然、手すりのようなものはない。


 異界化して使う魔術は、魔界で使うときの一割以下しか効果が出ないと聞いていたが、軽々とこれだけのことが出来れば十分ではなかろうか。


「こんなところに来てどうするの?」

「もちろん、天気を晴れにするのよ」

「そんなこと出来るの?」

「出来るかどうかじゃないわ。やるのよ」


 天候を操るなんて、高いところに登るのとはわけが違う。どれほどのエネルギーが必要なのだろう。それで食いだめをしてたのか?


 俺は壁側に寄って見守る。


 ナギが、胸の前で指を組むようにし、異界化の範囲を少し広げる。


 突然、ナギの足下から植物の芽が出てきた。それは急激に成長し、毒々しい赤い花をいくつも咲かせた。さらにナギの背後から、高さ三メートルはある一輪の花が咲いた。


 図らずも、花に囲まれたお嬢様が現出したわけだが、これぞ文字通り高嶺の花だな、なんてことを考えていた。


 だって正直、高い上に足元が不安定で、怖くて軽く現実逃避だよ。


 ナギはそのまましばらく集中していた。

 異界化の範囲内でも本来の効果の一割以下。それが現実の世界におよぼす影響は、さらに小さくなり、もともとの威力の数パーセントになるという。


 てことは、魔界で使うときの百倍近い効果を発揮させる必要があるわけで。


 とにかく相当大変ってことだ。


 ナギの周りの花が淡く光り出した。その光が真ん中の大きな花に集まり……。


が命により、風精水精よ、退しりぞけ』


 ナギがなにか唱えた。すると……。

 ……。

 なんとなく空が晴れてきた。

 ……。

 地味だな。


 これで逆に嵐を呼んでるなら、どんどん強くなる風に吹きつける豪雨! とかあるのに、静かな方に落ち着くってリアクションしづらい。


 唐突に花が散った。散った花ははしから灰のように崩れて消えていく。

 ナギがふらついて座り込んだ。


「なんとか成功したよ」

「おつかれ」

「ごめんね、ちょっと、休ませて」


 ナギが、俺の膝枕で横になる。


「パレードが始まったら起こして」


 そう言って、寝息をたてはじめた。

 下の方からかすかに、花火は予定通り行われると放送が聞こえた。





 軽快な音楽と、キャラクターが人々を物語に巻き込む声が聞こえる。ナイトパレードが始まったようだ。


 ナギはまだ俺の膝で寝ている。ただ、俺は気づいてしまった。


 この、寝ている彼女の髪を、頭を、ゆっくり撫でるというただただ幸せな時間を堪能した俺だからこそわかってしまった。呼吸のリズム、緊張する筋肉、微笑みに変化する表情。


「ナギ、目、覚めてるでしょ」


 少し間をおいて、ゆっくり三回は撫でる時間をとって、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


「もうちょっと」

「その角度じゃ、パレード見えないでしょ」

「いいのよ。花火が見れれば」


 ナギはまだ目を閉じている。もしかしたら、まだ体力は戻っていないのかもしれない。でもやっと起きたのだから、俺は少しだけ悪戯いたずらごころが芽生えた。


 頭を撫でる手の向きを、少しだけ変える。そこにあるものを、最初はなにげなく触れ、徐々に大胆に触り、最終的にはほぐすように揉んでいた。


「もう、くすぐったいから耳触らないで」


 そう言って起き上がった。口調は少し強かったが、怒ってはいない。むしろじゃれあいを楽しんでいた。


「ほら見て」


 下では、電飾が音楽に合わせて激しく明滅している。クライマックスが近いようだ。

 ナギが体を寄せ、肩にもたれかかってくる。


 正面に、大きな花火があがった。


 大輪のふちきらめき、点滅しながら消えていく。


 一拍遅れて重低音が響く。


 続けざまにさまざまな色や形の花火があがり、ナギの顔を妖しく彩る。肌に感じるほどの音に包まれ、逆にお互いの触れ合っている部分を意識的に感じさせる。


 ナギも、俺の顔を見つめていた。


 ナギが裏ワザまで使って作り上げたこの時間。


 ……。


 実はけっこう前から、足が痺れて立てないんだよなぁ。あんまり動いても危ないし。逃げられないね。うん、しょうがない。


 前にこんな雰囲気になったときには、なぜか死んでしまいそうな予感がしたんだけど、普通に考えてこんなことで命に関わるようなことが起こるわけないんだ。大丈夫。


 二人を祝福するかのように、花火がいっそう盛り上がった。


 顔が近づく。


 どちらからともなく目を閉じる。


 二人の唇が触れあっ







 ハッと唐突に意識が戻った。


 ナギは? 隣で倒れている。


 ここは? 人工の山の上だ。


 今は? 暗い。起き上がって下をのぞくと、客がゆっくりと出口の方に向かって流れて行くのが見える。それほど時間は経っていないようだ。


 いったい何がおきたんだ?


 なんだか乗り物酔いのときのような眩暈がする。


「ナギ、ナギ、大丈夫か?」


 声をかけると、頭を押さえながら起き上がった。


「……カケル? あれ? どうしたんだっけ?」


 状況を確認し、思い出している。

 いきなり顔が赤くなった。


「えとあの、なんか、幸せすぎて天に昇ってたみたい」


 そんなことを言ってくれるのは嬉しいが、そんなほんわかした理由で片付けて良いのだろうか?


 俺はどっちかと言うと、だったぞ? 唇が触れた感覚さえも覚えていない。


 だが、とりあえず二人とも無事なわけだし、今ここで無闇に不安をあおることもない。


 俺たちは閉園まぎわまでここで休み、帰路についた。


 手をつなぐ帰り道、ナギは上機嫌で軽やかな足どりだったが、俺は内心うろたえていた。もちろん、それはおくびにも出さなかったが。


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