第17話 遊園地な魔王

「次はあっちだよ」


 ナギが俺の手を引きながら歩く。もう片方の手に持つ七面鳥の燻製焼きスモークターキーレッグにかぶりつきながら。


 大型連休ゴールデンウィーク最終日、俺とナギはとあるテーマパークに来ていた。


 土日祝日は混雑する有名テーマパークも、連休の最終日はいているという噂を聞いて来てみたのだが、普通に人があふれている。人気のアトラクションに入ろうと思ったら、一時間待ちは当たり前だ。それでも二時間待ちよりはマシだとかいう考えが浮かぶと、だいぶ毒されていると言えよう。


「あったあった、ほら!」


 ナギの向かった先には、キャラクターのデザインされた肉まんの屋台があった。人気があるのか、ここにも十数人の列ができている。


 列の最後尾に並び、順番が回ってくるころには、ナギの手の骨付き肉ターキーレッグはすっかり骨だけになっていた。俺がそのゴミを捨てている間にナギは会計を済ませ、嬉しそうに駆け寄ってくる。


 今日のナギは、パステルカラーのワンピース。これでつば広の帽子をかぶって花畑に立てば、そのワンシーンは名画となるだろう。

 骨付き肉や大きな肉まんさえ持ってなければ。


 肉まんをほおばりながら歩くナギと一緒に、トンネルのような通路を抜けて次のエリアへ。まるで深海の宮殿のような建物を横目に進む。


「え? アレなに?」


 指さす先には、ポップコーンの屋台があった。


「ポップコーンじゃん?」

「そうだけど、これ!」


 パーク内にポップコーンの屋台はいくつかあるが、それぞれ味付けが違う。ここで売っているのは。


「コーンポタージュ味だね。……ん?」

「そう! コーンにコーンの味付けしてるってすごくない!?」


 そう言われれば、なんとなく不思議な感じだ。

 ナギはさらに盛り上がって、身振りを交えて話す。


「イチゴにイチゴジャムつけて食べるみたいな?」


 それはくどそうだな。


「豆腐の味噌汁の方じゃないか?」

「どっちだろうねぇ」

「食べたいの?」

「だって気になるじゃない?」


 普通に美味いと思うよ?


 ナギは、キャラクターのデザインされた蓋付きのバケットを買った。


 さらに先に進みながら、時々蓋を開けてポップコーンをつまむ。そういえば肉まんはすでに消えていた。


 ときおり吹く風にナギは髪を乱され、それを押さえながら歩く。乱れた髪を戻す仕草もさまになる。いつまででも見ていられるなあ。


「はい、あーん」


 ポップコーンを俺の口に投げ込む。そっちを見てたんじゃないんだけどな。

 サクッとした食感に、濃厚なコーンポタージュの味が口に広がる。思った通り美味い。


「さぁて、次はっと」


 ナギが園内マップを広げて、次の食べ物を探す。


「どんどんいくよ。メインのナイトパレードまでまだまだ時間あるからね」


 そう、今日のメインは夜のパレード。待ち時間の長いアトラクションには無理に並ばず、それよりもここでしか食べられないものから優先して食べ歩きをしているのだ。


「待ってちょっとあれも買いたい」


 そう言って駆け出したナギが向かったのは、チュロスの屋台。そこから戻ってきたナギが持っていたのはペットボトルのコーラとチュロスが、


「四本、だと?」


 遊園地特有のまっすぐ長いチュロスを四本まとめて持っていた。


「はい」

「お、あ、ありがとう」


 一本は俺の分だったらしい。それでも本人の分が三本あるわけだが。

 もうすぐ十五時になるが、お昼ご飯を食べてからずっとこんな感じだ。


 とはいえ、まだ人が(今に比べれば)少なかった午前中は、いくつかアトラクションにも並んでいたのだが。


「あ、あれとかすぐ入れそうじゃない?」


 俺は通り過ぎ際に見かけた、ミュージカルかなにかの列を指さした。


「ん、じゃあ入ってみる?」


 そう言ってナギも列に並ぶ。


 ちょっと休憩だ。食べる休憩にアトラクションとかどうなのとは思うけど。


 中に入って順番に座ると、暗くなって演目が始まる。どうやら、人形劇のような感じで動物のぬいぐるみたちが会話し、途中で歌をはさみながら物語を進めていくようだ。


 ふと横を見ると、ナギは寝ていた。


 こうみえて、ずっとはしゃいでいたのだ。疲れも出る。


 ちなみに午前中は、絶叫系のアトラクションにいくつか乗った。

 そのときのナギの感想が衝撃的だった。


「大迫力だったね! 怖くなかった?」

「面白かったけど、怖くはなかったかな。これくらいなら自分で走った方が早いし」

「マジか」


 心でとどめるべき言葉が声に出ていた。

 ゆうなれば、F1のドライバーがゴーカートに乗るようなものだろうか? 違うか? 他にも。


「ここの巨大人喰いミミズジャイアントキルワームは可愛いね。本物はもっとグロくてもっとキモいよ」

「見えるだけのお化けなら、インテリアみたいなもんだよね」


 などと、常人には全く共感の得られない感想が飛び出してきた。


 とは言っても、スリルこそないものの、それはそれで楽しんでいたのは確かだった。


 だって俺、そんなナギも可愛いなーってドキドキしてたもの。


 あ、それだと楽しんでたの、俺か。


 いやいや、本人も確かに楽しんでたよ。


 動物たちのミュージカルが終わったのと同時にナギが起きて大きく伸びをする。


「たまにはこんなほのぼの系もいいわね」

「見てなかっただろ」


 そう言って頭をグシグシする。


「きゃーごめんごめんごめんなさい」


 なんてじゃれながら外に出る。ナギの髪がたなびき、風が強くなっているのを感じる。


 ちょうどそのとき、園内放送がかかった。


『ご案内申し上げます。本日のナイトパレードの花火ですが、天候により、ひかえさせていただく場合がございます。あらかじめご了承お願い申し上げます』


「え~やだ~。雨が降るのは夜中からって言ってたのに。花火がないなんて、肉の入ってない肉じゃがみたいなもんじゃない?」


 スマホを操作して確認する。


「雨は少し早まって、夕方から夜になってるね」


 ん~、となにやら考え込んでいるナギ。


「パレードが十九時からだから、中止かどうか決めるのは十八時くらいだよね?」

「そういう噂は聞くね」


 今が十六時だからと考え、なにかを決心をしたらしく、凛々しい表情を見せるナギ。


「よし、絶対花火を中止になんかさせないんだから。そうと決まったら……」


 ナギは俺に腕を絡めて歩き出す。


「腹ごしらえよ!」


 まだ食べるの!? という言葉はかろうじて声には出さなかった。

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