第19話 雨なクラスメイト

 昼過ぎから降り始めた雨は、とうぶんやみそうになかった。


 授業が終わり、放課後。今日ナギは部活だ。雨だから練習はしないんだけど、今後のことを話し合うらしくって、どれくらいかかるかわからないから別々に帰ることになった。変に待ってて、もし話し合いが遅くまでかかったら、逆にナギに怒られてしまう。ナギから見て、俺に負担をかけてしまうことが許せないらしい。


 昇降口で靴に履き替えると、猫耳な後ろ姿をみつけた。墨をにじませたような灰色の空を見上げてたたずんでいる。猫耳が下がっていて、気落ちしているのがわかる。


 話しかけようかどうしようか迷っていると、倉臼さんが不意に振り返った。目が合う。周りを見回すが、他には誰もいなかった。諦めて声をかける。


「どうしたの?」

「傘、忘れちゃって……」


 なるほど、そういえば授業中もずっと雨を気にしてたな。あいにく俺もビニール傘一本しか持っていない。


 そして、見上げる空に、希望の光雨上がりは見いだせそうにない。


「家はどっちの方なの?」

「えっと……」


 聞いた場所は、歩いて二十分くらいかかりそうだ。俺の帰る方向と途中まで一緒だけど、そこからが遠い。どうするか?


「じゃあ、この傘を貸すから、これで帰って、傘を持ってすぐ戻って来てくれよ」

「そんにゃのダメだよ、急いでいっても三十分くらいかかるし、カケルくんに悪いよ」


 別に三十分くらいどうでもないんだけどな。そういえば、十分くらい行けばコンビニがあるな。


「倉臼さん、お金は持ってる? コンビニで買ってきてあげるよ」


 倉臼さんは激しく首を振った。


「カケルくんを使い走りになんてさせられないよ」


 じゃあどうしろと?


「そこまで一緒に行こう。そしたらカケルくんにかける負担が一番少なくにゃる」


 うんうん、と一人で納得する倉臼さん。それホントに大丈夫か?


 俺の持っている傘は少し大きめとはいえ、横に二人並ぶとお互い外側の肩が濡れる。倉臼さんは猫っぽいせいか、濡れるのをやたら気にしていた。


「こうしたらどうかな?」


 なんて体の向きをいろいろ変えている。試行錯誤の結果、二人のカバンを倉臼さんが持ち、その後ろに体半分重ねるように俺。左手は二人の中心で傘を持ち、右肩が濡れないように右手は倉臼さんの肩を抱くように回した。俺の方が少し背が高いから、目の前で猫耳が揺れている。

 まあつまりは、倉臼さんを後ろから抱きしめているような感じだ。


 いや、めっちゃ密着してますけど?


 そのまましばらく進んだ。倉臼さんは濡れないように気を付けるのでいっぱいいっぱいのようだ。これでも多分、俺の背中は濡れてると思う。別にいいんだけど。


 歩きづらさもあって、進むのが遅い。なにか話題でもないだろうか? この際、ちょっと突っ込んだことを聞いてみるか。どうせいずれは避けて通れぬ道なんだろうし。


「ちょっとさ、聞いてもいいかな?」

「ん? にゃに?」

「倉臼さんはさ、なにをしに来たの?」

「にゃんのこと?」


「なにか目的があるんでしょ? わざわざ異世界からやって来たんだから」


 倉臼さんの体がビクリと緊張するのがわかった。猫耳もピクピクと動いている。なにから話せばいいのか悩んでいるようだ。


「探し物をね、してるの」


 決意のこもった声色で言う。


「あたしの一族の存亡を左右するほどの、大切な物を」

「そうか。見つかりそうなの?」


 彼女は首を振る。猫耳が軽く俺の顔を撫でる。猫好きの俺としては、その柔らかい感触をもっと堪能したい欲望がわき上がるが、理性でおさえる。


「カケルくんは、どこまで知ってるにょ?」


 横目で俺を見上げる。


「なにも知らないよ。俺はこっちの世界の人だから。このメガネのおかげで魔法がかかりにくくなってるだけ」


 ナギから貰った『御守り』の黒縁メガネ。本当に守ってくれてるわけだ。


「そう……でも、個性能力ユニークが効かなくても敵じゃないことがわかっただけでも、あたしにとっては十分信頼出来るから」

「ユニークって?」

「幻術」


 うん、そーだろうなーとは思ってた。


「あたしが来れたんだもん。敵が来てないわけがない。そう思ってにゃいと」


 そんなもんだろうか?


「でもさ、変装デイスガイズどころか、魅了チャームまで無効化されるにゃんて思わなかったよ」


 え? そんなものまで使ってたの?


「あ、今はもう使ってにゃいよ。最初だけ。その方が、みんなに溶け込みやすいから」


 指先だけパタパタと振りながら付け加えた。

 まあ確かに、日常生活にまで問題をかかえる余裕はないよな。


「だから、カケルくんが敵じゃにゃいってわかってあたし自身気づいたの。あたし本当は、不安だったんだって」


 目の前でピコピコ動く猫耳に、理性も吹っ飛びそうになるが、根性で耐える。


「別に、カケルくんを頼ろうとか、そうゆうんじゃにゃいの。ただ、時々、話し相手になってもらえないかにゃ?」


 肌寒い雨の中、肩を抱く腕に伝わるぬくもり。庇護欲をかきたてられるこの状況で、倉臼さんが上目遣いに潤む瞳で訴えかける。


 こんなの、断れるわけがないだろう? ここで断るヤツは男じゃないどころか、人ですらないだろう。


 しかし、安心させようと俺が答える直前、丁字路を曲がってコンビニが見えたとき、一気にピンチがおとずれた。


 コンビニの雑誌コーナーに、立ち読みをするキクの姿が見えたのだ。


 この状況を見られるわけにはいかない。幸いまだこっちに気づいていないようだ。


「ヤバい、倉臼さん、いったん引き返そう」


 えっ? と戸惑う倉臼さんをさり気なく回れ右させる。


 しかしそこにはさらなる危機が。


 遠目に見える、赤いふちの黒い傘は、ナギだ。


 いや、傘の角度から顔は見えないんだけど、そうだと思った方がいいだろう。部活は思ったより早く終わったようだ。

 しかし、なぜナギがこっちの方に向かって来ているのんだ? ナギの家は反対方向なんだけど。


 そんなことを考えてる暇もない。俺は慌てて辺りを見回す。どこか待避出来るところはないだろうか?


「こっちだ」


 倉臼さんを強引に進ませ、反対の角を曲がったところにある一件のお店に駆けよる。傘を閉じて傘立てに突っ込み、店の扉を開けて倉臼さんの背を押すようにして入る。


「急に、どうしたんですか?」

「キッちゃん……戸塚さんと、天野さんに挟まれた」


 それだけで、今の危機的状況が伝わったようだ。


 閉じた扉は磨り硝子だ。外から見ただけでは中に誰がいるかわからない。


 別に、隠さなければならないような、やましいことをしているつもりはないのだが、バレずにやり過ごせるなら、面倒がなくていい。


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