第14話 幼なじみな関係
「
俺は並べて敷かれた布団の片方を指さす。
俺自身はその隣の布団に正座していた。
キクは指定した場所に素直に座った。
ちなみに、お互いパジャマである。
「なによりもまず、ルールを決める必要があると思う」
「そうかな?」
「そうだ」
なぜなら、爺ちゃんと婆ちゃんが振り分けた部屋割りは、小学生の時と同じだったからだ!
なぜ誰も止めなかったのか。
父もそうだが、母などむしろ楽しんでいるふしもある。「キクちゃんならなにがあっても大丈夫よ。いざとなったら母さんが責任とってあげるから」などとのたまっており……。母はキク推しだからなぁ。
「とにかく、この布団の間の隙間を境界線として、お互いこれを越えないこと。いいな」
「えー」
「えーじゃない」
そもそも越える必要もないだろ。
「他にもある。最近、なんかおかしいだろ、キッちゃん」
最近、キクがストーカーじみてきているのが気になっていた。中学のときはそんなことなかったのに、高校にあがってから急に。そうなると、心当たりもないではないわけで。
でももしキクが、俺に対して特別な感情を持っていても、少なくとも今はそれに応えることはできない。なんて言うか、妹みたいな存在で、まったく
「むー。別にそんなことないよ」
キクは枕を抱えて、顔を半分埋めながら言う。
「わたしはいつもどおりだよ」
枕を通してくぐもった声が、言葉とは逆になにかの感情を含んで聞こえる。
「もし、天野さんになにか不満があるんなら……」
「そんなことないよ。すごいいい人だと思ってるよ。ただ……」
かぶせ気味に言いながらも、キクは視線を俺から外した。やっぱり気にしてるんじゃないか。
「お姉ちゃんとしては、カケルには幸せになって欲しいから」
お姉ちゃん?
「俺たち、誕生日一緒だろ?」
「わたしは午前生まれ、カケルは午後生まれ」
ほとんど誤差!
そんなふうに思ってたのか。全然知らなかった。とはいえ俺も、キクの体格が小さいせいで妹扱いしていたわけで、人のことは言えない。
「だからカケルの幸せのためなら、なんだって協力するよ」
キクが前のめりで迫ってくる。
「今だって、カケルがしたいことがあるなら……」
なにかに焦っているような、なのに戸惑っているかのような、不安定な態度が俺を不安にさせる。
いったいなんのことを言っているのか。
この状態で俺がキクに望むこと?
そんなことを言ったら、俺だって勘違いしてしまうぞ。
俺がキクに言おうとする寸前。
ふすまが開いて、爺ちゃんが入ってきた。
「タオルタオル」
爺ちゃんはタンスからタオルを三つくらい取り出した。そのまま出ていきながら直前で振り返って、
「明日も休みでも、はよ寝なーよ」
と言って出ていった。
「……」
「……」
「……寝るか」
「……そだね」
俺は、あやしい方向に脱線しかけた会話をぶち壊した爺ちゃんに、内心感謝していた。
そこに、開けっ放しになっていたふすまから、レスが入ってきた。
「あーれすれすぅ。おいでおいで」
キクが呼ぶと、にゃあと答えてキクの膝の上へ。猫をこちょこちょしている姿を見ると、やっぱり姉とは思えないわけで。
「バカケルがいけずだからさ、レスちゃん一緒に寝よ」
俺は苦笑するしかない。
「あ、そうだ。レスちゃんにおみやげがあるんだよ。おやつはダメだったけど、おもちゃがあるよ」
キクが立ち上がり、荷物を探る。そこから、新しい輪ゴムを取り付けた、緑色の水風船を取り出した。
「ほれほれー」
それを手でバウンドさせながら左右に揺らすが。
「バカそれは!」
新しいオモチャに喜んでレスが飛びついた瞬間、当然の結果として、風船は割れてレスの全身とキクの足元を濡らした。
そのあとの片づけに手が掛かり、雰囲気もなにもなくなったのは良かったのだろう。ただ、ずぶ濡れになったレスはキク不信になり、風船や見知らぬ丸いものを怖がるようになって、それはそのあとしばらく続くのだった。
チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえ、閉じたまぶたを通して明るさを感じる。
朝か。俺はまだ夢うつつのまま、もう少し寝ていてもいいだろうと考える。
なんだか夢を見ていたようだ。具体的な内容は一瞬で溶けてしまったが、なんとなくキクが出てきた気がする。
キクとは家族同然のようにしてきたけど、本当の家族じゃない以上、関係性が崩れれば離れてしまうこともありえるんだな。そんなことを考えていると、徐々に意識が覚醒してきた。
ん? なんだか顔の上に柔らかいものが乗っている。それがなんだかわからず、手で探る。
とても柔らかい。揉めばほとんど抵抗なくその形を変える。吸い付くようでさらさらなその触感は、いつまでもそうしていたいと本能にうったえる。
なんなんだろうこれは。こんなもの持ってたか?
不意にある可能性に思い至り、とび起きた。
「おはよー。あ、ごめん、枕そっちいってた?」
俺は、マイクロビーズのクッションを握りしめていた。
あーこの感触、クセになるよなあ。
「あれあれぇ? カケル、なにか別のモノを想像してたのかなぁ?」
すでに着替え終わり、窓枠に腰掛けて外を眺めていたキクがからかってくる。
「そんなわけないだろ。触ればクッションだってわかるじゃないか」
「またまたぁ、比べるほど触ったこともないくせに」
「そもそも大きさからしてそれはない」
言ってしまってから失敗に気づく。誰の何と比べたのか白状したようなものだ。
キクが意地悪な笑顔を浮かべて言う。
「三分の二」
刹那の後、俺は確認するが、布団はちゃんとかかっているし、そもそもそうなっていない。
俺の慌てた様子に、キクはくつくつと笑っていた。
それを見て安心してしまった俺は、今、この感情にまかせてキクを抱きしめたらどうなるだろうかと考えて、枕を撫でた。
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