第13話 祭りな幼なじみ
結局、財布とスマホはキクの持っていた巾着に入れてもらい、それを俺が持つことになった。
神社まで歩く途中で、子供神輿に遭遇した。文字通り子供が担ぐ小さなお神輿で、俺も小学生のころ担がせてもらったことがある。肩にゴンゴンあたって痛いのだ。そう考えたらあんまり役に立ってなかったんだな。
前日まで雨が降っていたと聞いてはいたが、途中の道のアスファルトはともかく、神社境内は舗装もなくて地面がドロドロだった。
「カケル、ちょっと待って」
「大丈夫か? ゆっくりでいいよ」
サンダルの俺はともかく、動きにくい浴衣に慣れない下駄のキクは、ぬかるむ地面に悪戦苦闘している。
「下駄の裏にスパイクが付いてたら良かったのに」
「それたぶん、むしろ歩きにくいよ」
「ごめん、ちょっと掴まらせて」
キクが袖にしがみついてくる。
「借り物の浴衣を汚せないから、いざとなったらカケルを犠牲にするけどいいよね」
「よくねーわ」
「尊いよ? 犠牲の中では」
「心より外見の清らかさを求める」
などと言いつつそのまま掴まらせる。キクの場合、接近してもあんまりドキドキしないんだよな。慣れてるせいかな。それとも小さいせいだろうか、いろいろと。
神社の参道に屋台が並んでいる。行き交う人の波に気をつけながら、眺めてまわる。
「あ、綿アメがあるぞ。買うか?」
「そんなのよりフランクフルトとかの方がいい」
「なんだよ、もっと可愛げのあるものにしろよ」
「ほっほぉ。フランクフルトでは可愛げより色気が出てしまうと?」
「なんで?」
「カケルにはまだ早かったかなぁ」
なんて言葉を聞き流しながら進む。焼きそば、かき氷、ベビーカステラ、射的などが並ぶなか、赤くきらめく可愛いものがあった。
「あれなんかどうだ? りんご飴」
チョコバナナを目で追っていたキクが、前を見た。
「りんご飴はねぇ……」
「りんご嫌いだっけ?」
「そうじゃないけど、食べるのちょっと難しいじゃない? どうやって食べようか考えながら食べてたら、それに夢中になっちゃって、食べ終わったあとにどんな味だったか覚えてないんだよね」
「そんなわけないだろ」
「じゃあカケルは美味しいって思う?」
「一口食べたら飴が歯にくっついたから、嫌になって捨てた」
「味以前の問題!」
そのあとも、焼きイカ、お好み焼き、くじ引きなどと続く。
「あ! 金魚すくいやりたい!」
キクが袖を引っ張りながら足を止めた。
「爺ちゃん
「レスへのおみやげだよ」
「おやつ感覚!? 変な食べ癖がつくから、マジでやめなさい」
ブーブー言っていたキクだが、隣の風船釣りで妥協した。
戦利品の緑色の水風船をバスバスしながら歩くキクを連れて、やっと本殿の前までたどり着く。
手水を済ませ、お賽銭を入れ、二礼二拍手お祈りをする。
(何事もなく、平穏無事に暮らせますように)
幸せの向上ではなく、不幸の除外を願うあたり、俺は小心者だ。
一礼して顔を上げると、キクもちょうど終わったところだった。
「じゃあ今度はあっちに行っおわああぁ!」
いきなりキクがバランスを崩した。とっさに抱き支える。
「あ、ごめん、なんかちょっと足が」
片足立ちでフラフラするキク。見ると、片足の下駄の鼻緒が外れていた。
直すにしてもなんにしても、ここでは邪魔になる。どこかないかと見回すが、灯篭に掴まるくらいしかない。
「とりあえずあそこまで行けるか?」
脱げた下駄を拾ってみたが、キクは動けそうにない。ケンケンで行くのは危なすぎる。
「しょうがないな。ほら」
俺はしゃがんで背中を向けた。
「足開かないから、首だけでやってみる?」
キクが背中によりかかり、首に腕を回す。そのまま立ち上がるが、上体を起こすと首が締まって死ぬ。
一度キクを下ろす。キクはめずらしく不安げな表情をしていた。
「ちょっとこれ持ってて」
そう言って鼻緒のとれた下駄と巾着を渡し、その横で屈んだ。
「右腕を肩に回して」
「こう? それでどうするぅわ!」
俺はキクを横向きに抱え上げた。お姫さま抱っこってやつだな。腕を回したぶん、キクの位置が高いが、実は重心が近寄るためこっちの方が支えやすいのだ。突然の高さにキクが頭にしがみついてくる。
「前が見えない」
「あ、ごめん。だ、大丈夫?」
キクはおとなしくしてくれていた。ここで動かれて俺がバランスを崩したら大惨事だからな。ただまあ、至近距離で見つめられるとさすがに気になるが、足元に集中する。
ゆっくり気をつけて灯篭まできて、キクを下ろす。
下駄を受け取って見てみるが、
「どうするかな」
鼻緒が下駄から抜けている。さすがにキクを抱え上げたまま家まで帰るのは体力的に無理なので、なんとか応急処置をしたいところだけど。
「それ貸して」
灯篭に掴まって立つキクから水風船を受け取り、そこから輪ゴムを外した。
「うまくいけばいいけど」
輪ゴムを鼻緒に巻いたり隙間に通したりして、どうにか鼻緒を固定できないか試す。
「つま先、汚れちゃったなぁ」
キクがつぶやいた。
試行錯誤のすえ、なんとか鼻緒を固定することができた。
「よし、とりあえず直ったぞ。家まではなんとかもつだろ」
キクが履いてみる。
「うん、大丈夫みたい。ありがと、カケル」
なんだかしおらしい。よほどショックだったのか?
「このあとお神輿が来るけど、すっごい混雑するからもう帰るか。人混みで壊れたら最悪だぞ」
ちょっと寂しそうにするキク。
「かわりに屋台でいろいろ買って帰って、家で食べようぜ」
「お、それいーね!」
キクに笑顔が戻った。
ゆっくり気をつけて、人の流れをかきわけながら戻る。屋台を周りながら気になった食べ物を買い集めていく。焼きそば、たこ焼き、焼きイカに、お好み焼きや唐揚げも追加。それに甘栗とチョコバナナも。
そのとき、フランクフルトが目に入り、思いついた。
「あ! さっきのフランクフルトのくだり、下ネタだったんじゃねーか!」
「今ごろ!? いったいなんだと思ってたの」
「お子さまランチのウィンナーにはしゃいでる姿しか思い浮かばなかったな」
「あはははは! まあしょうがないね、カケルは発想もお子ちゃまだからね」
「も? おやおや、それはキッちゃんに不利な話題では?」
「あー! セクハラはんたーい!」
「身長と体重のことですよ?」
「それもセクハラですぅー」
そんな軽口のやりとりで、少しは調子が戻ってきたようだ。
神社の境内を出れば、道も舗装されている。歩きやすくなるし、ひとまず安心かな。
そのまま家の近くまで戻ってきたとき。
「あ! また取れそう」
キクが片足を上げて立ち止まった。家まであと十メートルくらい。頑張れば行けない距離ではないと思うのだが。
キクは、なにやら意味深な笑顔で、片足と両手を上げている。
俺は、ふぅと息をつく。
「それではまいりますよ、お嬢さん」
「うむ、くるしゅうない。うきゃーー!」
俺は気合いを入れて、荷物を抱えたキクを抱き上げた。
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