第12話 連休な幼なじみ

 昨日から五月の連休、いわゆるゴールデンウイークが始まっている。

 今年は初日の土曜を入れて五連休。二日目の今日から、二泊三日で父方の田舎に泊まりに行くことになっていた。


「今年は晴れて良かったわね。あっちは昨日まで雨だったみたいだけど、お祭りもちゃんとやるって」


 父の運転する車の助手席から母が振り返って言う。毎年ゴールデンウイークに合わせて近くの神社でお祭りがあり、いつもそれに合わせて行っているのだ。


「ふぅん」


 俺は気のない返事を返す。流れる景色を何の気なしに眺めていた。


「お爺ちゃんもお婆ちゃんも、準備して待ってるって。あ、煎餅食べる?」


 母が差し出す煎餅の袋を受け取る。


「レスは大丈夫かな? 前に行ったのはまだ小さかったから、覚えてないかも」


 母がケージに入っている黒猫のレスを見る。レスはわかっているのかいないのか、にゃあと答えた。


 俺が中学生だった三年間は、その間隣の家に預けていたのだ。

 母はごそごそと取り出した次の煎餅を、レスのケージを膝に乗せた、その三年間のレスの臨時世話係に差し出す。


「ありがとう、おばさん!」


 キクが煎餅を受け取る。


 なぜそうなってしまったのか。


 今年は、キクも同行しているのだ。


 確かに、小学生の時は一緒に行っていたこともあった。だが中学生になってからは一度もなかったのに、今年はまたどうして。誰も疑問に思わないのか? 俺達もう高校生だよ? 父のなかでは俺達はまだ子供扱いなのか? 母にいたってはむしろ率先して誘ったように思える。


 隣から、バリボリと煎餅を噛み砕く音が聞こえる。


 なぜかそれが悪い予感に思え、俺は煎餅の袋を開けないまま、母とキクのトークを聞き流していた。



 途中、道の駅で昼食を済ませ、爺ちゃんに着いたのはすでに夕方になる前くらい。一通り荷物を運び込み、部屋締め切ると、レスのケージを開ける。


「疲れたかな? あんまり遠出したことないからなあ」


 レスはおそるおそるケージを出ると、部屋を見回している。物珍しそうではあるが、怯えている風ではない。


「カケル、お祭り行くでしょ? 着替えときなさい」


 母がカバンから出した荷物を整理しながら言ってくる。


「別にそのままでもいいのに」

「せっかくなんだから、着なさいよ。今日しか着ないんだから」


 そんなことを話していると、ちょうど爺ちゃんが浴衣を持ってきた。


「背もそれほど変わっとらんし、まだ着れるじゃろ」


 流れる水をイメージしたのか、水色に波線模様の浴衣だ。


「それと、猫ちゃんにもプレゼントじゃ」


 そう言って、猫用の赤い首輪を差し出す。名前入りで、「れす」と書かれている。

 ありがとうございます、いやいやなんのなどと、母と爺ちゃんが言いながら部屋を出て行った。


「良かったな、レス」


 俺はレスにつけてやる。普段しないから嫌がるかと思ったが、そんなことはなかった。俺もつけるのは初めてなので、加減がわからないが、あまりきついと苦しいよな。


「こんなもんかな?」


 レスも、前足後ろ足で掻いたり、首を振ったりしているが、苦しそうではない。


 続いて俺も浴衣に着替えた。

 和服は前を閉じる順番に毎回迷う。坂本龍馬を思い浮かべ、右手を懐に入れやすい形になるように閉じ、腰紐を巻く。なんとなく浴衣を引っ張ってシワを伸ばし、その上から帯を巻いて止める。こんなもんかな?


 荷物から財布とスマホを取り出し、動きが止まる。

 はて? こういうのって、どうしてたっけ?


「カケル、開けていい?」


 ふすまの向こうからキクが声をかけてきた。


「いいよ」


 キクがふすまを開けて入ってくる。


「じゃーん、どうよ」


 キクは、なにかの花をモチーフにしたデザインの、黄色い浴衣を着ていた。髪もいつものポニーテールではなく、アップにまとめている。


「おばさんに貸してもらったんだ♪」


 思いのほか似合っている。がしかし、大人の色香があるかと言われると、小柄なキクではどちらかといえば、時代劇に出てくる子役に近い。


 キクが顔で感想を求めている。


「可愛いよ」


 素直に伝えるが。


「そんなん当たり前じゃん。他には?」


 他には?


「江戸時代みたい」

「それはほめてるの?」

「当たり前だろ、原始時代と比べてみろ」

「比べ方が雑! カケルに聞いたわたしがバカだった」


 レスがキクの足元に寄り、にゃあと声をかける。


「あ、レスもおめかし? 似合うね」


 キクがしゃがんで背中をなでると、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 ふすまから母が顔をのぞかせる。


「お神輿ももう出てるみたいだから、行ってみたら?」


 俺もレスの頭をひとなでして、キクを誘う。


「ではまいりましょうか、お嬢さん」

「うむ、くるしゅうない」


 俺たちは立ち上がった。

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