第10話 ライバルな魔王

 普段あまり見せないほどに険しい顔のナギが、俺の膝の上に座る女に向けて構えをとっている。


「貴様、カケルにちょっと可愛がられて、ちょっと長く一緒にいるからって、私を拒否しようというのか」


 ナギは後ろ手になにやら取り出そうとしている。ヤバいヤバい、これはヤバいやつだ!


「ま、待てナギ、はやまるな! お前もそんなに怒るなよ!」


 俺の声にも双方、引く様子を見せない。


われが、この程度のこと、予想せんとでも思ったか」

「ナギさん!? 一人称変わってますよ、自分を取り戻して!」


 しかしナギは、まったく油断をみせず、真剣な視線が突き刺さりそうだ。


 なぜだ? なぜこんなことになってしまったのか。







その日の放課後、帰り道。ナギと一緒に歩いていた。


「今日はどうしよっか? どこか座れるところに入る? 何か買いたいものがあるならそっちに行くとか」


 俺がたずねるが、手をつないで隣を歩くナギは、なにか少し悩んでいるのか浮かない顔だ。


「それとも、疲れてるなら今日はもう帰る?」


 ナギは、上目づかいに俺を見て、小さくうなずく。


「じゃあこっちか」


 俺は残念に思いながら、ナギの家へ方向を変える。

 なのに、ナギは反対方向へと手を引いた。


「あのね……に行きたいな」

「え?」


 小声だったから聞き間違いかもしれず、思わず聞き返してしまった。


「だから、カケルの家に、行きたいな」

「えーと、今日、両親とも帰りが少し遅いんだけど、いい?」


 待て待て、俺はいったいなにを言っているんだ!? 親は関係ないだろ親は。


 ナギは、握る手に力を入れた。


 俺は家に帰る道を歩きながら、なにかまずいものがなかったかどうか考えていた。普段からキクが出入りしているから、見られて困るようなものは無い。はずだ。


「今日はね」


 ナギが小さく呟くように言う。


「あのとき買ったやつだよ」


 あのとき? 買った? やつ?? なんのこと……。


 ナギが寄り添うように体を寄せてきた。


 まさか! アレ!? アレなのか!!


 俺の頭を期待と不安と誤解と恐怖と夢と希望といとしさと切なさと部屋とワイシャツと私がごちゃごちゃに通り過ぎていきながら、気がつけば家の前に着いていた。


「鍵開けるから、ちょっと待って」


 俺はカバンから鍵を取り出し鍵穴に差そうとするが、動揺のせいかうまくいかない。それでもなんとか心を落ち着け、鍵を開け……。


「あれ? 開いてる」


 なぜかおそるおそる扉を開け、玄関に入る。ナギも続いて入ってきた。


「ただ、いま」

「あーおかえり」


 普通に母がいた。


「今日は結局早上がりになったか……ら」


 顔を出した母の動きが止まる。


「えっと、こちら天野なぎさん」

「どうもはじめまして。……おじゃまします」


 俺が靴を脱いであがると、母にすぐ隣の部屋へ引っ張りこまれた。ちょっと待っててと、手振りでナギに伝えるのがやっとだ。


「どういうつもりなの? 誰よあの、キクちゃんは知ってるの?」

「キッちゃんはそうゆうのじゃないって言ってるじゃん」

「しかもあんな綺麗な娘、あんたには合わないでしょ」

「それはキッちゃんに失礼では?」


 母がナギをゆっくりのぞく。ナギは笑顔を返した。


「あんまり待たせられないから、上にあがるよ」


 俺は母を振り切ってナギを二階へうながす。

 母が慌てた様子で声をかける。


「あ、あとで飲み物持って行くから、天野さん、紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

「じゃあ、紅茶で」


 律儀に答えるナギを俺の部屋に押し込んだ。


「ごめん、なんか、こんなはずじゃなかったんだけど」

「ううん、もともと、おうちの人には挨拶しようと思ってたから」


 突然の遭遇に驚いただろうナギは、なんとか心を落ち着けていた。

 俺はクッションを置いて、テーブルの前に座るようすすめる。


 俺は制服の上着を脱ぎ、クローゼットにしまうと、ナギの向かいに座った。


 ……。


 なんだろう。なんだか気まずい。


「あ、暑かったら上着脱ぐ? ハンガーあるよ」

「そうだね」


 俺はナギから上着を受け取ると、ハンガーにかけ、それを本棚の角に引っ掛けた。


「へぇ、けっこう本読むんだね」

「簡単なのや、流行ってるのとかね」


 そう言いながら、俺はベッドに座った。普段座っているところだから、それ以上の意味はなかったんだけど、それが良くなかったのかもしれない。


「映画化とかドラマ化したのは、きっと面白いんだろうと思って、読んだりするね」

「そうなんだぁ」


 ナギは軽く本棚を眺めたあと、ゆっくりと動いて、俺の隣に座った。


 たっぷり五秒かけて、俺は状況に気づいた。


 ああああそういう誘うつもりとかそんなんじゃないっすよマジでホントに。


 ベッドの縁を握る俺の手に、ナギの手が重なる。体を寄せてくる。


 顔が、近づく。


 ダメダメダメ駄目だって、そんなことされたら死んじゃう、とは思うものの、拒否するほど理性は働かない。



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