第9話 勧誘な部活
今日は、週に一度の部活の日だ。
格技場の片隅、卓球台を開いて真ん中にネットを張る。それをもう一つ並べて場所を決める。球が飛んでいって他の部の邪魔にならないよう、周りに仕切りネットを移動させる。
部員は全部で六人だけど、今日は四人だけ。いつもだいたいこんなもんだ。
軽く柔軟して体をほぐしたあと、さっそくペアになって台を挟む。
基本的には遊んでいるだけの気軽な部活だ。一部の例外を除いて。
「狩場ぁ、今日はビシビシいくからな!」
その一部の例外が、部長の山根先輩だ。女子の中では比較的背が高く、長い手足を武器にラケットを操る。卓球に情熱をそそぎ、部内では飛び抜けてうまい。その先輩の球を受けられるのは、反射神経だけは優秀な俺だけなのだ。
適度にラリーを続け、打ち返す速度を徐々にあげる。そのうち角度や回転を変え、まるで試合のようなラッシュに発展。そのうち対応出来なくなり、ミスれば仕切り直し。それを何度も繰り返す。
山根部長は、荒くなってきた呼吸を整えつつ、縛った髪の毛を後ろに払う。顔でいえばナギの方が圧倒的に可愛いわけだが、部内や一部男子には案外人気があるらしい。部活に真剣に取り組むその姿は好感を持てるし、思わず目を引く大きな胸も要因の一つだろう。ただ、
「まだまだいくよ!」
そう言って笑う先輩の顔は、獲物を前にした肉食獣のそれだ。俺に食われたい願望は無い。
どれくらい経っただろうか、汗を拭い水分補給のために水筒を手にしたとき、先輩の視線が俺の背後に向けられる。
いやな予感に、俺はゆっくり振り返る。
「一段落したところで、気分転換に竹刀を振ってみないか?」
そこには剣道部のエース、安藤先輩が立っていた。
「前に持ったときに「なんだか長すぎてしっくりこない」と言っていただろう? 今日は二刀流用の短いものを用意した」
「いや、振りませんよ」
なぜか安藤先輩は、初対面のときから執拗に剣道部に勧誘してくるのだ。
「狩場殿は剣道をやるべき宿命を負っているのだ」
「いったい何を根拠に?」
「勘だ」
「曖昧であることを断言されても」
「ちょっと、うちの部員にちょっかいかけるのやめてくれない?」
部長が前に出てきた。
「うちの狩場くんが欲しかったら、わたしと卓球で勝負しなさい! そうしたら勧誘に関してはもう口出ししないわ」
おいおい、いきなり何を言い出すんだこの人は。
「よかろう。受けて立つ」
そうなりますよね、安藤先輩なら。
安藤先輩は、予備のラケットを一つ選んだ。そのシェイクハンド用のラケットを右手で握り、その下に左手の拳を添える。それをまるで竹刀のように、体の正面に構えた。卓球の構えとしてはどうかと思うが、なぜかさまになっている。
「いつでも、来るがいい」
それを聞いて、山根部長がボールを台にバウンドさせてから構える。
なんだか、対峙する龍と虎のような、武蔵と小次郎のような、そんな気迫を感じる。
ただ、卓球は熟練者と初心者では、全く勝負にならない。熟練者のサーブやスマッシュは二メートルちょっとの卓球台を一瞬で通り過ぎる。しかも、バウンドで速さや方向を変えながらだ。野球ならば難しい球を見送ることもできるが、卓球ではそれは直接失点になる。目で追うのもやっとのボールを全て打ち返すのは、至難の業だ。
部長が、全力のサーブを放つ!
目の前で跳ねたボールが、低空で外側に飛び出す!
安藤先輩はそれを、反射神経だけで打ち返した!
「……ふふっ」
不敵な笑いを浮かべ、安藤先輩がラケットを再び構えた。
それからも、部長のサーブや速攻スマッシュなど、とにかく部長の攻撃はその全てが跳ね返されていた。
一方的な試合展開に、勝負はすぐに決した。
部長の背後の遠く、最後に飛んでいった球が、コンコンと床を跳ねる音が響く。
「これで格の違いがわかっただろう」
カタッとラケットを台の上に置き、安藤先輩が告げる。
対する山根部長は、放心したように宙を見つめていた。
「まさか……そんな」
部長のボールを全て打ち返した先輩の打球は、その全てがホームランだった。
ただ、これは野球ではない。卓球だ。
俺は告げる。
「安藤先輩のストレート負けですね」
「我が輩は球技は苦手だ」
「圧倒的格下の立場でその強気はどこから?」
だったらなんでこの勝負を受けたのか。
なんの裏もなくただボロ勝ちした山根部長が、気を取り直して言う。
「こ、これで、狩場くんのことは諦め……」
「で、狩場殿、少しは剣道に興味が出てきたのではないか?」
部長のセリフを遮って勧誘を続ける先輩。
「待って! 約束が違うでしょ! 狩場くんを諦めなさい!」
「なぜだ?」
「そういう約束だったじゃない!」
安藤先輩が少し考える。
「我が輩が約束したのは、勧誘に関しておぬしが黙るかどうかのはずだ。しょうがない、言いたいことがあるなら言え」
安藤先輩が俺に向き直る。
「最終的に決めるのは、狩場殿だからな」
ホントマジで勘弁してほしい。
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