第8話 ときめきなバイト

「いらっしゃいませご主人様、どうぞ奥の席にご案内します」


 メイド服の女の子が俺とナギをテーブル席へと案内する。


 ここは、学校から少し離れた、特殊な喫茶店。

 いわゆるコスプレ喫茶だ。

 日によって衣装、コンセプトが変わるらしく、今日はメイドさんだ。予定表を見ると水着の日もあるみたいで、今日がそれじゃなくて良かった。さすがに水着の女の子に囲まれるのは落ち着かない。


「こうやって実際見たら、けっこう可愛いのね」


 ナギが店員さんや店内を、珍しそうにキョロキョロと見ていた。店内は半分くらい埋まっていて、店員さんと楽しげに話す常連っぽい人もいる。とりあえず、知り合いはいない。


 前回、変な邪魔が入ったので、わざと誰も来なさそうな店を選んだのだ。正直、だからってこういうところに彼女を連れてくるのかって疑問もあるだろうが、言い出したのはナギの方だ。とても変わったお店があるから行ってみないかと。

 テーブルに用意してあったメニューを開き、二人で覗き込む。


「さすがにちょっと割高だね」

「そのへんはまぁ、しょうがないかな」

「あ、ほらあるよ、オムライス」


 ナギが楽しそうに指差す。


「頼む?」

「やめとく。さすがにハードル高い」


 オムライスは、運ばれてきたときになにやら儀式的なものがあるという噂を聞いていた。初回であれは流石にキツい。ナギはオムライスをあきらめ、手ごろなホットケーキセットを選んだ。俺も同じものにする。注文を店員さんに伝えた。

 注文を確認して戻っていく店員さんがいなくなると、なんとなく店内やテーブルにあるものを見てみた。


「一緒に写真をとるのは、ポイント貯めないとダメなんだね」


 ナギはこういうお店特有の説明書を読んでいる。

 俺もこういうお店は初めてなので、物珍しさで気がつくと店員さんの後ろ姿を見つめていた。


 足が長く見える秘訣はスカートの短さとベルトの位置か。靴の踵も高いな。膝上までの白い靴下も足の細さを強調する。とするとあれが噂に聞く絶対領域?


「気になるの?」


 ナギの言葉にせめるニュアンスは全くないが、極力平静を装って返す。


「別に?」

「着てあげよっか?」

「??!?」


 いきなりの提案に、思わず想像してしまった。

 脳裏に天使が現れた。


『ご主人様、ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も、天国へ……昇っちゃう?』


 やべぇ、ナギをまっすぐ見れない。そんな妄想を知ってか知らずか、ナギは店員さんを見比べていた。


「メイド服って、人によってちょっとずつデザインが違うんだね」


 そうなのだ。微妙な差だが、スカートのレースだとか、胸元のデザインだとか、少しずつ違う。他にも頭の上の飾りだとか。

 ちょうどここにホットケーキセットを持って来た店員さんは、猫耳を着けていた。


「お待たせしました、こちらホットケーキ……カケルくん!?」

「おや、倉臼さんじゃないか」


 まさかこんなところで出会うとは。あの体育館裏の出来事からあとは特別なことはなかった。とはいえ隣の席だから、ちょいちょい視線を感じることはあるけど。

 倉臼さんがどう思ってるのかはともかく、こっちとしてもいろいろ気にならないわけではない。どう考えても特殊な事情持ってるじゃん? 多分異世界がらみの。


 ナギの目が、ちょっと鋭くなる。聞かれる前に先手を打つ。


「最近、うちのクラスに転入してきた倉臼さんだよ」


 どうもと会釈する倉臼さんを、ナギは品定めするように睨む。


「倉臼さん、前にちょっと話にでた、俺の彼女の天野あまのなぎさん。同学年の隣のクラスだよ」

「すごい! ホントに美人だ!」


 倉臼さんが、口の前に手のひらをあてて驚いた。

 その勢いに、ナギが押されてちょっと引く。


「えっと、狩場くんとは隣の席で、何も知らないあたしがいろいろ教えてもらってて、その、いつもお世話ににゃってます」


 日本語おかしい。変なボロを出す前に話題を変えよう。


「倉臼さん、バイトしてたんだ」

「最近ね、始めたの。せっかくだから、面白いのがいいかにゃって」


 猫耳がピクピク動く。メイド服とあいまって、とても似合っている。


「あの、じゃあ、ごゆっくりどうぞですにゃ」


 そう言って戻っていく後ろ姿。その短いスカートの内側から、フニフニ動く尻尾が垂れて揺れていた。なるほど。

 テーブルに並べられたホットケーキには、シロップで猫の顔が描かれていた。

 ナギはそれをナイフで真っ二つに切り、その上に追加でシロップをなみなみとかけた。

 俺もシロップをかけて切り分け、ナギと同時に口に運ぶ。


 ふわっと甘い生地に、縁のところだけカリッとした食感がアクセント。バターとシロップの芳醇な香りが、口の中だけでなく頭の中まで全部に広がっていくようだ。


『美味しい!』


 二人の声が揃った。






「また今度行ってもいいかも」


 帰り道、ナギが機嫌よく歩いている。

 ホットケーキと、セットの紅茶が思いのほか美味しかったことで、ナギの機嫌が戻り、最後には倉臼さんと楽しそうに会話もしていた。

 危機は去った。

 ナギが腕を絡めてくる。


「倉臼さんも、普通にいい人じゃない?」

「ま、まあね」


 体育館裏のことを思い出してしまい、少し気まずい。

 その心を読んだわけでもないだろうけど、ナギの腕の締め付けが強くなる。


「そこそこ可愛いかったしね」


 俺が、なるべくナギと倉臼さんを会わせないようにしようと心に決めたのは、次のセリフを聞いたからだ。


「あの人のった猫耳、ちょー似合ってたもんね」


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