第5話 不可解な転入生

「狩場くん、ちょっといいかにゃ?」


 その日の放課後、倉臼さんが声をかけてきた。


 正直、どう考えても普通じゃない事情を抱えているだろう人物と、あまりお近づきにはなりたくないんだけど。


「な、なにかな?」

「まだ学校の中がいまいち分からにゃくて。一通り案内をお願いできないかにゃあ?」


 ざわっとクラスの中の緊張が高まる。今にも声をかけたそうな雰囲気を感じる。


「お、俺でいいのかな? 女子の方が気も楽じゃない?」

「今日ずっと狩場くんに教えてもらってたから、狩場くんの方が聞きやすいにゃあ」


 なんだかすごく甘えた声を出された。


 俺の背後で、(本人が望むなら、その意志を尊重せねば)という苦渋の決断を下した気配を複数感じた。いやいや、わかりやすい気配、発しすぎじゃね?


 とはいえ、ここまで言われて断れば、俺の方がクラスから薄情者のレッテルを貼られてしまう。それほど難しい頼みでもないし、引き受けるしかないか。



「とりあえず、近いとこから回ろうか」


 そんな感じで案内していたわけだが。


 歩いている俺たちの背後に、気配を感じる。一定の距離を保ち、つかず離れず。これ、誰かにつけられてるな……。クラスの誰かだろう、なんとなく視線を感じるのだ。


「次は、下の階だっけ?」


 倉臼さんが言って、階段へと向かう。


 廊下から階段へ曲がった直後、倉臼さんが俺の腕を引いて階段を駆け上がった。


「ちょ、この上は屋上だよ?」

「しっ」


 階段を折り返したところで、しゃがんで身を隠す。


 耳をすませる倉臼さんの、頭の上の猫耳がピクピク動く。本物なのだろうか?


 後ろから声が聞こえる。


「やべっ、見失ったぞ」

「下だって言ってた。急ごう」


 そう言って階下へ急ぐいくつかの足音。


 しばらく経って、倉臼さんが立ち上がった。


「うまくまけたね」

「まく必要、あった? どうせならみんな一緒でも……」

「ホントは騒がしいの、あんまり得意じゃにゃいんだよね」


 顔の横の髪を指先でクルクルしながら言う倉臼さん。少し回りを警戒しながら、ゆっくり階段を下りていく。


 改めて校舎内を歩いた。音楽室、理科室、視聴覚室など、校内を一通り案内して回った。


「一回じゃあ覚えきれないと思うから、いざというときは誰かに付いて行けばいいよ。俺もそうしてるし」

「なら、そのときはまたお願いするにゃん」

「聞いてた? 俺もまだ迷うんだよ?」

「二人で迷えば怖くにゃい」

「その格言、初耳」


 なんとなく流れで、昇降口までやってきた。


「せっかくにゃので、外も案内してもらえないかにゃ?」


 このあと別に急ぐ用事があるでもなし、あとに回してもいずれ案内させられそうだし、面倒事はまとめて片付けるか。


 上履きから靴に履き替える。そのとき、なんとなく倉臼さんのスカートの後ろが気になった。何か見えた気がしたのだ。いや、下着的なものじゃなくて。でもそれも一瞬で、すぐにわからなくなってしまった。なんだったんだ?


 まずは校庭から回る。校庭では野球部やサッカー部などが練習していた。陸上部所属のキクが、校庭の反対側で短距離の練習をしているのが見えた。この学校では、なにかしらの部活に入らなければいけない。


「そういえば、狩場くんは、なんの部活に入ってるの?」

「卓球部だよ」

「今日は出にゃいの?」

「参加は週一行けばいいから」


 所属は義務だけど、参加は最低限週一出れば、あとは任意なのだ。


「倉臼さんは? 何に入るか決めたの?」

「あたしは、せっかくだから文化部がいいかなって」


 せっかく? 判断基準がよくわからない。


 続いて弓道場を見て(ナギが弓道部だけど、残念ながら姿は見えなかった)、格技場を覗く。


 中では柔道部と剣道部。そしてその片隅で、我が卓球部が練習していた。


「なぜここに卓球部……?」

「前は体育館でやってたらしいんだけど、バスケットボールが卓球台を直撃して壊れたせいで、人数の少ない卓球部がこっちに追いやられたんだと」

「世知辛いね」


 そう言いながら中を見回す。


 そんな倉臼さんが、ある人物のところで視線を止めた。


「あの人は?」


 それは剣道部員の一人だった。彼は素人目に見ても、他の部員に比べて格段に上のレベルの腕前だった。一通り型をすませ、面をとると、端正に整った顔立ちをしている。


「お、お目が高いね。剣道部のエース。二年の安藤先輩だよ。あんなだから、女子からの人気も高いよ」


 とある事情で、俺はちょっと苦手だけど。


「あたしはなんか、ヤな感じだにゃ」


 おや珍しい。初見でそんな反応する人はあまりいない。


 そんな視線を感じたのか、その安藤先輩がこちらを見そうになったので、あわてて外に出る。つかまると面倒くさい。


 そのまま最後に体育館に向かう。


 体育館は中には入らず、窓から中を見る。バレー部とバスケ部が練習していた。


「とりあえずこんなとこかな。他にもテニスコートとプールがあるけど、ちょっと離れたところだから」

「ありがとね。狩場くんて、いい人だね」


 そんな風に微笑まれると、さすがに照れる。


「あれ? こっちは?」


 そう言いながら、倉臼さんが体育館の裏手へ入っていった。

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