第4話 猫耳な転入生
「今日からこのクラスに、新しく生徒が増えることになった。いいぞ、入ってこい」
朝のホームルーム、担任の田中が外に声をかけると、静かに扉が開き、一人の女子生徒が入ってきた。
しずしずと進むその姿に、見覚えがあった。いや、姿っていうか、頭に。
仕草は慎ましいご令嬢のようだが、表情はどちらかというと好奇心に満ちた猫のようにはつらつとしている。そう見えるのも、特徴的な頭のアレのせいかもしれない。
ショートの黒髪が、猫っ毛というのか、柔らかそうな質感で少し遊んでいる。その頭の上に、寝癖というには大胆な三角の盛り上がりが二つ付いているのだ。
猫耳だ。
そうと思ってしまったらもうそうとしか見えない。
「静かにしろー」
担任はざわつく教室を落ち着かせると、黒板に名前を書く。
「じゃあ、簡単に自己紹介して」
「はい」
女子生徒が教室を見渡す。
「
にゃ?
パチパチと拍手がおこる。
「じゃあ席は、窓際の一番後ろに座って」
確かにそこがあいている。その隣は俺だ。ちなみにキクは廊下側で少し離れている。
倉臼さんが席の間を通ってこっちへ来る。
「よろしくにゃん」
「あ、あぁ、よろしく」
にゃん? さっきは聞き間違いかと思ったけど、今のは確実に言ったぞ?
「彼女はまだ来たばっかりで教科書がないから、狩場、見せてやってくれ」
まじかよ。まあ別にいいけど。
横を見ると、倉臼さんもこっちを見ている。猫耳が気になりすぎて気づかなかったけど、けっこう可愛いな。微笑まれるとなんだか気まずい。
無事一時間目をこなし、授業の間の休憩時間、倉臼さんはおせっかいなクラスメイトに囲まれて質問ぜめにあっている。俺はその喧騒から逃げて、キクの近くにきていた。
「良かったね、綺麗な人とお近づきになれて」
「物理的な意味でな。確かにちょっとは可愛いとは思うけど、なんか痛い感じの人じゃん? あんまり親密にはなりたくないなぁ」
「はぁ?」
キクは心底呆れたような声を出した。
「あんた目ぇ腐ってんじゃ……」
素が出かかるが、ここが教室なことを思い出して、言い直す。
「やっぱりメガネが曇ってるんじゃない? あんな綺麗な人つかまえて、なんてこと言うのよ」
「ちょっと、メガネを触るなよ」
えー? 猫耳で語尾ににゃんだよ? 痛いでしょ?
そこで予鈴が鳴り、俺は人口密度の小さくなった自分の席に戻った。
「次の授業は数学だっけ? あたし苦手にゃんだよね」
倉臼さんが席を寄せてくる。やっぱにゃんだよな。
教科書を用意して前を見ると、視界が白い。メガネに指紋が付いているみたいだ。
俺はメガネケースからメガネ拭きを取り出し、外したメガネを拭いた。
「狩場くん、数学得意? もしわからないところがあったら、教えてもらえますか?」
なんだか雰囲気の変わった口調の倉臼さんを見た。ら、
「え? だれ?」
今まで倉臼さんのいたところに、美少女がいた。
声は同じだけど口調が綺麗で、よく見ればおんなじ顔なのに、メイクをしたみたいに美人になっている。
それになにより、猫耳が無い!
「どうしたの?」
「え、あ、いや」
そのつぶらな瞳が俺の動きを止め、その声が俺の心を揺さぶった。
俺は状況についていけず、とりあえず持っていたメガネをかけた。
するとそこには、元の猫耳の少女がいた。
言葉が出てこなかった。
一呼吸の間、見つめ合ってしまった。
「……まさか」
倉臼さんが言う。招き猫の仕草で。
「狩場くんも数学、苦手なのかにゃん?」
ざわっ! 教室の空気がざわめいた。そこかしこから、(倉臼さん可愛い!)(倉臼さんお茶目!)などというささやきが聞こえる。
だけど、逆に俺の心は落ち着いていた。
なにが起きたのかはわからないけど、なにかが起こったことはわかった。
「おい、静かにしろよー」
数学の先生が入ってきた。
みんなが慌てて授業に備える。
その騒ぎの中、倉臼さんの口の端が上がっているのを、俺は見逃していた。
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