第6話  誘惑な転入生

「ここはまさに、体育館の裏!」


 突然大きな声を出す倉臼さん。なににそんなに興奮しているのか。まあ確かにここは体育館裏だ。


「なるほど、確かにここなら誰からも見られないね」


 体育館そのものと、学校を囲む塀の隙間。通り抜けるぶんには問題ないけど、何かをしようとするには狭すぎる場所。


「不良や告白で呼び出される定番のスポット第一位!」


 だからなんでそんなに興奮してるんだ?


「ふふっ」


 突然、倉臼さんがこちらを振り向いた。


「やっと二人きりになれたね」

「は?」


 倉臼さんが近付いてくる。突然のことに硬直していると、体育館の壁に追い詰められてしまった。

 壁に手をついた倉臼さんの顔が、さらに近付く。猫耳が、ピクピク動いている。


「狩場くん……カケルくんは、やっぱり」


 頭が、クラクラする。


「見えてるんだね」


 手が、俺の頬を撫でる。


「ねぇ、にゃんで? にゃんで見えるの?」


 耳元で囁かれる。甘い声。


「どうしてかにゃ?」


 体が密着する。ほとんど抱き合っているのと同じだ。

 クンクンと、首筋を嗅がれている。


「これは、対魔障壁アンチマジックシェル? どれだろ? これかな?」


 倉臼さんの手が、俺の顔を上がって……。


(パシャ)(パシャ)(えぇ? ピント合わない?)


 どこからか、かすかにシャッター音と声が聞こえた。


「だれ!」


 次の瞬間、倉臼さんが消えた。いや、そう錯覚するほど高速で移動した。

 倉臼さんが向かった先、体育館の角にいたのは、


「キッちゃん?」


 俺が声をかけると、倉臼さんが体操服姿のキクの目の前で止まる。


「なにしてんの?」

「あ、わたしのことは気にしないで。続けて続けて」


 片手でスマホを操作しながら、もう片方の手を差し出す仕草で先を促すキク。


 俺とキクの会話に戸惑う倉臼さん。


「知り合い?」

「クラスメイトだよ」

「ごめんね、無音モードにしとけば良かったね。オートフォーカスも鈍いし。でももう邪魔はしないから、どうぞどうぞ」

「キッちゃん」

「ん?」

「なにしてんの?」


 もう一度、同じ質問をする。


「なにって、二人の逢瀬をスキャンダル? 倉臼さんダイターン!」

「そ、そんにゃの困る!」


 倉臼さんが慌ててキクのスマホを狙う。が、キクもたくみにかわして渡さない。


「天野さんにも、彼氏モテモテだねって送ってあげるね」

「いらんことをすな」


 スッとキクのスマホを奪う。キクの動きは読める。

 スマホを確認すると、確かにピンボケで誰だかわからない写真データがあった。速攻消去。直後に奪い返された。


「あー! せっかくカケルの弱みを握ったと思ったのに!」


 俺の弱みを握ってどうするつもりだっんだ?


「倉臼さんにも仲良くなった記念にあげようと思ってたのに。ねぇ?」


 いや、どう考えても脅しにしかならんだろ。


「違うにょ、そんなんじゃにゃくて」


 倉臼さんがあわてて取り繕う。


「もしかしたら仲間……仲良くにゃれそうな気がして、その、ちょっと気がはやったのはごめんにゃさいだけど、そんなんじゃにゃいから」

「うん? あれ? 猫耳?」


 キクの言葉を聞いた次の瞬間、何かの気配が倉臼さんを包む。


「あれ? 気のせいか。倉臼さんがカミカミでにゃんにゃん言うから、見間違えちゃった」

「どんなだよ」


 俺がキクにつっこむ。

 倉臼さんがそんな様子を不思議そうに見ている。


「仲、いいんだね」

「幼なじみなんだよ」


 倉臼さんに答える。


「二人、付き合ってるの?」


 これにはキクが答えた。姿勢をただし、胸を張る。


「違うよ。カケルには、もっと美人の彼女がいるんだから」

「なんでお前が得意そうなんだよ」

「まだ最近付き合いはじめたばっかだけどねー」

「そっか、そうにゃんだ」


 倉臼さんが、なぜかほっとした様子だ。

 もう戻ろうと歩きだした俺達の後ろで呟いた倉臼さんのセリフは、多分聞き間違いだ。


「じゃあ、ライバルはたった一人なんだね」

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