第3話 本日はこれにて閉店です

「もうキッチンの火ィ落としちまったから、ありあわせですまないね」

「わーっ♡」

 ワインと、タパスの盛り合わせがユーリィの前にででん、と置かれる。

 盛り合わせだ、盛り合わせ。堅野さんってば、どこまで粋な店主なんだ。

 生ハム、オリーブ、二種のチーズ、自家製ピクルス。もしもユーリィが人間だったら、ガラスケースに入っているオムレツが加わっていたのだろう。

 

 実際には、マンガだったら「スッ」と効果音がつくような感じで提供されたのだが、ユーリィの喜びようが「スッ」を「ででん」に変えた。

「おいしーっ、このパプリカの漬かり具合、最ッ高だねっ」

「そうかい」

 しかも、褒めるポイントを完全に押さえている。

 いま、このカウンターの上にあるもので店主の手が加わっているのはピクルスだけだ。

 堅野さんの表情がぱあっと明るくなるのが僕にはわかった。

 ここまで特別な力はなにも使っていない。落ちこぼれなのだ、ユーリィは。僕らの世界では。だけど、これがユーリィの魔力だ。たぶん本人は、ピクルスが自家製であることなんて知らないだろう。勘だけで生きているようなやつなのだ。


 顔もか。


 しかし顔は標準装備だ。

「それにしても、だなぁ……」

 店主が神妙な顔つきをしている。

「なにー?」

「いやぁ……」

 歯切れがわるい。言い淀んでいる。

「どうしたの、マスターらしくもない」

 僕が助け舟を出すと、店主はますます視線を泳がせて、

「その……お前さん達が並んでいると……」

「同じ種族とは思えない?」

 一瞬、動きが止まった。図星だな。


「こらー! そりゃーボクは先輩に比べたらいろいろ至らないところもありますけども!」

 生ハムを振りかざしながらユーリィが抗議する。

「違うと思うよ」ユーリィの腕を掴んでたしなめる。

 失礼だとも思わないさ。さんざんこのネタで愚痴っているんだから、いつも。

「ね。神様って残酷でしょう」


 顔のよいユーリィと、きわめて普通な僕。


「?」

 ユーリィはことの成り行きがわからないようすで、生ハムを引きのばしながら解説してください先輩オーラを出している。

「つまりね、マスターはお前が格好いいって言ってるの」

 たはは……と申し訳なさそうに笑う堅野さん。

「へ?」

 ユーリィの目が見開かれる。あ。カラコンのフチまで見えた。

 吸血鬼って“設定”でホストしてるんだろ? 赤い目のまんまでもいいのに。

 数秒固まってから、ユーリィは爆笑した。

「まったまたぁ〜。ジョーダンキツいっすよ! マスターも先輩も。ほりゃあ! 見てくりゃさいよぉ。男の中の男っすからぁ、せんぱいは」

 アルコールを摂取した瞬間だけろれつが回らなくなっていたが、心からのフォローに回ってくれたことには感謝したい。フォローだとも思っていないだろう。こういうヤツだから、僕はユーリィが手放せないのかもしれない。


 こいつに、格好わるいところは見せられない。

(よし! またごはん探し……するぞぉ!)


 ユーリィがグラスを空にするよりもすこしだけ前に、店主がまた口を開いた。

「そうだ瀬羽ちゃん、いま思い出したんだが——」

 いつも頭に巻いているトレードマークのバンダナはいつのまにか外されていた。帰り支度の一環だろう。老舗の明石焼きのようなつるりとした頭。本場の明石だと玉子焼きって言ったりするらしいけど、そこまでは知らない。

「こないだ、自分を吸血鬼だっていう嬢ちゃんが来たよ」


 思わず、ユーリィと顔を見合わせる。


 とでもいきたい空気だったのだが、時同じくしてユーリィはオリーブの種を口から出して、指をぺろりと舐めていた。

「うん?」

 あ。こいつ話聞いてないな。放っとこ。


 いま思い出したんじゃない、店主はずっとこの時を待っていたんだ。

 言おうとしたところで僕がキープボトルの話を出して、ユーリィがやってきて、いまに至る。そんな感じだ、きっと。


「興味深いね」

 店主が息を呑んだのがわかった。僕の目がぎらりと光りでもしたのだろう。

「連れの子がいたからね、こっちも忙しかったし、直接話したわけじゃない、耳に挟んだってだけなんだけど」

「うん」

「知らないかい?」


 思考を巡らせる。

『見てごらん、ユーリィ。異人館街、旧居留地。僕たちの住まう街にふさわしい佇まいだろう?』

『うはーっ、ホントっスね!』

 ……といった感じで僕が神戸に連れてきたのはユーリィだけだ。


 実際のところは、ほどよく女の子がおいしそうで、それでいて、東京や横浜あたりの激戦区よりはいくぶんか狩り場としての倍率が低そうだという理由だったのだが、いくら仲間の数:餌の割合において優れていても、僕に血を分け与えてもいいとまで思ってくれる女の子は皆無に等しかった。見栄張りました。いませんでした。

 ただ、ヤバ目な事件がちょいちょい起こるので、さえ張っておけば、案外食っていくには困らないから、結果的にはあながち間違ったチョイスでもなかった。

 そもそも、どうして日本なのかって? 答えは簡単だ。僕の顔が、セバスチャンというよりかは、はるかに瀬羽に近しいからだ。ユーリィにも一応、有悧という当て字を与えた。


 しかし、嬢ちゃん。女性か。

「知らないね。どんな子だったか、覚えているかい?」

「ま、酒は飲んでたから二十歳は超えてただろうよ、けど若かったね」

 年齢確認をするほどまでには幼くもないらしい。

「髪は白、目は赤色。なんつーか、フリフリの服だったね、フリッフリ。葬式にでも行くのかってくらい黒い服なんだけど、フリッフリなのよ。これがもう」

 どうやら、ゴシックロリータという単語を知らないらしい。

「なるほど」


 僕はゆっくりとうなずいて、席を立った。


「長居してわるかったね。また来るよ。おやすみ、マスター」

 千円札を四枚——請求されるだろう金額を千円単位で切り上げた金額——をカウンターに置いて店を出る。

「あっ先輩! 待ってくださいよー」

 背中にユーリィの声が届く。

 カラカラン。

 何度聞いても心地のよいドアベルの音を聞きながら、すこし調べてみよう、と思った。

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