第34話 去ってゆく恋を酒乱の危機が救いました

 次の言葉を待っていた応は、質問を変える。

「何に気を付けたらいい?」

 だが、その返事はなかった。

 そこで友愛が口にしたのは、アルコールとはまた別の危機だったのである。

「とにかく! あかんねん、お父ちゃん、止めんとあかんねん……あのオークション、詐欺なんや」

 それも差し迫った危機だった。

 既に、鎌倉時代に作られたという、古瀬戸の茶碗は500万円という高額で落札されている。

 ここで、アンダービッダーと呼ばれる2番手の入札者との間に売買契約が成立したら、徹と井光は犯罪者である。

 しかし、応はそれをまだ知らない。

 口を挟むのが当然であった。

「ちょっと待ってよ」

 今度は応が真顔になった。

 さっきまでの弱々しさはどこにもない。

 徹のやらかした悪さを叱りつけるときと同じ口調で、友愛に反論した。

「僕の父さん、確かにあんなんだし、この街で徳川の埋蔵金探したりして、バカで欲も深いよ。だけど、犯罪だけは……」

 そこで、応は口ごもってしまった。

 友愛の鋭い眼差しを、正面から受け止めたからであろう。

 恋する相手に食ってかかって口論になるのは、応でなくても避けたいところだ。

 応の言葉が途切れたところで、友愛は歯がゆそうに言い捨てた。

「ふたりとも、そう思うてへんから始末に悪いんや」

 そこで、踵を返して走りだす。

 友愛にとって父親探しは、それほどまでに緊急の課題となっていたのだった。

 だが、応は動かない。

 2人の父親が詐欺を働こうとしているという話に納得できないからであろう。

 友愛の後ろ姿が遠ざかっていく。

 こうして、応の淡い恋の夢は、よりにもよって相手への不信から崩れ去ったかに見えた。

 しかし。 

 何を思い出したのか、友愛は後ろ向きのまま、たったと足を戻してきた。

 応はしばし、何が起こったか分からないという顔で目をしばたたかせていた。

 だが、すぐに友愛が戻ってきた理由の察しがついたらしい。

 何やら慌てている友愛に、落ち着いた声で問いかけた。

「探してたんじゃなかった? その……井光さん」

 友愛は、ぶんぶんぶんと首を縦に振る。

 混乱のあまり、言葉が口から出てこないらしい

 応にようやく尋ねることができたのは、これだけだった。

「酒屋や! 酒屋探してんのや、お父ちゃん! どこにあんねん、酒屋!」

 応はうんざりしたような顔で、よく晴れた天を仰ぐ。

「何軒あると思ってるのさ、この辺に!」

 そう。

 よそにあって、この貧しい唐鼓の街にないものは数えきれない。

 だが、無駄に多いものが1つだけあった。

 酒屋である。

 友愛は、この気の遠くなるような現実を前に、あっさりと解を出した。

「探すしかないやん、しらみつぶしに」

 だが、猫の虎徹としては、そこまで付き合う義理はないのだった。

 人間のゴタゴタは、人間に任せることになっている。 

 それよりも、家にはあの茶碗がまだ、浄められないまま残っている。

 近くに陣取って、人手に渡らないよう目を光らせていなくてはならなかった。

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