第33話 帰ってきた恋が、玉砕間際で踏みとどまりました
だが、応が安堵の息をついたのは、束の間のことだった。
恋の正念場は、すぐにやってきたのである。
すぐ目の前に、友愛が駆け戻って来たのだった。
応は、改めて身構ると、思い切ったように口を開く。
「友愛さん、聞いてほしいことがあります。僕は……」
さっきは口にせずに済んだひと言を、大真面目な顔で繰り返す。
だが、勝負事というのは、残酷なものである。
勝とうとすれば、負けるものだ。
結論から言えば、身構えてしまった時点で、玉砕は決まったようなものだった。
だが、ここでも応は救われた。
友愛に、そんなまどろっこしい告白を聞いている余裕はなかったのである。
応を見るなり、口にしたのはこのひと言だった。
「お父ちゃん見てへん?」
全くの不意打ちであった。
身体をまっすぐに強張らせた応に、大事な用件が切り出せるわけもない。
必死の告白の言葉は喉の奥に引っ込められてしまった。
代わりに出たのは、お人好しとしか言いようのない返事である。
「父さんに頼まれて、なんか、買いに行ったって……そう、祝い酒とか」
自分のことは置いておいて、徹から聞いたままを答えたに過ぎない。
だが、この場では、それこそが最も重要な情報だった。
それを聞いた瞬間、友愛の目がまん丸に見開かれた。
買い出しを頼んだわけでもない応を、友愛は頭から怒鳴りつけた。
「お酒あかん言うたやん!」
秘めた思いを決死の思いで告げようとしていた純情な少年は、その場で縮み上がった。
しばし口をパクパクさせた後、ようやくこれだけ弁解することができた。
「僕の父さん、知らないし……それ」
細かいことを言えば、昨夜、食卓に着いていたときに聞いていたはずである。
井光に酒を飲ませてはいけないという友愛の訴えを。
だが、覚えていなければ意味がない。
あるいは、全く問題にしていなかったのか。
いずれにせよ、そんなことが頭に入らないほど、応が友愛とじゃれ合っているのが嬉しくて仕方がなかったのであろう。
それはそれとして、友愛の怒りを前に、応はすっかり怯えきっていた。
もはや、当たって砕けるどころの雰囲気ではない。
友愛は、勢いに任せてまくし立てる。
「うちのお父ちゃん、お酒飲んだらえらいことになんねん! それも朝っぱらからやないの!」
どれほど責められようと、応にまったく非はない。
友愛の怒りが収まるまで、じっと耐えるしかないようだった。
もとの親切なお人好しに戻った応も、その辺りは心得ているようだった。
もはやひと言も弁解せず、その上で、おずおずと尋ねた。
「父さんもそうなんだけど……井光さんはどうなるの?」
それは知っておいて然るべきことであった。
友愛の父の前にアルコールをもたらさないのが最上の方法であることは言うまでもない。
だが、最悪の事態を想定すれば、酔った井光をどうなだめるか、ある程度は考えておかなければならない。
友愛は、目を伏せて唇を噛みしめる。
「お父ちゃんは……お酒飲むと……」
それから先が語られることはなかった。
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