第20話 少年少女がひとつ屋根の下に泊まる夜

 戻ってくるなり友愛に囁いたのは、同性の高齢だからまだ許されるセクハラ発言だった。

「探すの大変だったよ、お嬢ちゃん。いいオッパイしてるから」

 そこで差し出したのは、Fカップくらいの下着である。

 友美は真っ赤になりながらも、代金は払うと申し出た。

 するとおばちゃんは掌を突き出して、優しい口調で固く拒んだのだった。

「応くんにはお世話になってんのよ。それなのにバイト代も払えなくてごめんね、店、畳むもんだから」

 その上しまいには、トラックで送ってくれさえしたのである。

 因みに猫の虎徹はそれまでの間、放ったらかしだったが、それは無理もない。

 応も友愛も、お互いを散々に意識させられていたのだから。

 猫としてはちゃっかりと、荷台のシートの下に潜り込むしかなかったのだった。


 帰ってきた息子たちを見た徹は、それこそ小学生男子のようにはやしたてたものである。

「よっ、若夫婦! 服まで着替えっちまって、2人でどこにしけこんで何してやがったんでえ! みっともねえな、もうちょっと若い格好で帰ってこいや」

 これを聞いた食堂のおばちゃんは、帰りがけに説教を始めたものである。

「悪かったね、アタシと旦那の服だよ。すまないねえ、応くんにこんなことしかできないなんてね。ここいらで若い頃、アンタが踏み倒したり壊してきたもののツケを、タダ働きやいろんな人助けで払ってくれてるのに。恥ずかしくないのかい、親父さんとして!」

 トラックが猛然と走り去った後、ますます雨はひどくなり、雷までが鳴りはじめた。

 応はともかく、友愛の濡れた服も下着も、まだ乾きそうにない。

 泊まるつもりなどなかった武智親子は、とうとう、このボロ屋で一夜を明かすことになったのだった。

 食事は粗末ながら応と友愛が作る。

「ごめんね……母さん、父さんの実家に行って、ずっとお爺ちゃんお婆ちゃんの面倒見てるんだ」

「大変やなあ……」

 自分も母親の苦労を見ているだけに、心底、同情しているようだった。

 応は、カラ元気で話をそらす。

「虎徹はね、その後、父さんが自分で拾って来たんだよ」

 徹はそれ以上話させまいとするかのように、威張ってみせた。

「おい応! ビール!」

「1本もないからね」

 応は冷ややかに答えると、台所で恥ずかしげに謝った。

「ごめんね、本当ならビールの1本もお父さんに出すところなんだけど」

「あかんあかん! それだけは絶対にやめてんか」

 友愛は真顔で怒った。

 食事が済むと、井光はネットオークションにかけるため、スマホで茶道具の写真を撮った。

 やはり、籠を開けると、どうもあたりが暗くなるようである。

 天井の蛍光灯を見上げた友美がつぶやいた。

「よかったわあ。うちの明かりが暗いわけやないねんな」

 言うなり、大阪の母親に電話を掛ける。

「あ、お母ちゃん? 蛍光灯どないや? え? 明るいん? やっぱお父ちゃんおらんからや。うん、案内出した人んとこ泊ってくるから、今夜はゆっくり寝てや」

 明るくはしゃいでいるようにも聞こえるが、その分、残してきた母親を気遣っているのであろう。

 井光はそれを聞くのが照れ臭いのか、ノートパソコンをカタカタやりながらぼやいた。

「子どもは早く寝んかいな」

 窓ガラスが風邪でガタガタ揺れる。

 外は嵐になったらしい。

 その音に混じってもなお、どこかからよその猫の鳴く声が聞こえてくる。

 何か不吉なものがやってくるのを告げるかのように。 

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