第21話 嵐の夜は、父子水入らずで深い話を
徹と井光は、夜遅くまでノートパソコンの前から動かなかった。
ネットオークションの画面には、鎌倉時代に作られたという古瀬戸の茶碗が、その籠を背にして映し出されている。
1000円からスタートしたオークションに、まだ入札者はなかった。
井光が怪訝そうな顔でつぶやく。
「あきまへんでしたかなあ、もうちょっと安い値段から始めんと」
だが、徹は鼻で笑う。
「物の値打ちのわかんねえヤツばっかりだなあ、おい」
これに付き合わされる息子と娘は、たまったものではあるまい。
なぜか正座している応が、恥ずかしそうにうつむくのも無理はない。
そこへ、足を投げ出してぺたりと座った友愛が目くばせした。
もともと値打ちなんかないんとちゃう、とぼやく。
井光は井光で、娘の意図的な失言をごまかそうとでもするかのように、わざとらしく騒ぎ立ててみせた。
「いや、そもそもマーケットが小そうおますのや、こういう古道具っちゅうのは。最初はもう捨て値、捨て値で行かんとあきまへんのや」
ちょっと聞くと商談でもしているかのようである。
だが、言葉の裏を取れば、この詐欺まがいの商売から、できれば手を引きたいといったところであろう。
だからといって、顧客に頼まれたものを売り抜かないわけにもいくまい。
押しも退きもならない父親にうんざりしたのか、友愛がもう寝ると言い出した。
すかさず徹が言う。
「応、お前の部屋に寝かせてやれ」
うなだれていた息子が跳ね起きる。
そこで友愛と目を合わせたが、すぐお互いにそっぽを向いた。
さすがに、井光もおずおずと口を開く。
「あの、その、もう子供やおまへんので……いや、子供かもしれまへんけどな」
徹はパソコンの画面を睨み据えたまま、ピクリとも動かない。
やがて、火焔を背負った不動明王もかくやという形相で言った。
「おいこら応、何考えてやがる。部屋に女あ連れ込もうなんざ、10年早えんだよ」
そんなわけで、応は自分の部屋を武智親子に明け渡して、10年ぶりに父親と枕を並べて寝ることになった。
といっても、枕は1つ、布団も1組しかない。
もともと徹と応、そしてその母親の3人で暮らしていたのである。
応は2人分の布団と枕を、井光の遠慮を押し切って武智親子に明け渡し、自分は徹と同じ布団で寝ることにしたのだった。
もっとも、徹は起きたまま、枕もとのノートパソコンの画面に釘付けである。
応もとても寝られたものではない。
「父さん、もう寝たら?」
そう言いながら、その手は傍らに寝そべる猫の虎徹の背中を撫でている。
猫は大きなあくびをしたが、徹は身じろぎひとつしないで答えた。
「勝負のかかったときってえのはだな、集中力の途切れたほうが負けなんだよ」
集中力。
まともに働いていないこの男が、そんな言葉を知っていたとは。
応が眠たげにたしなめた。
「入札の締め切り、明日のお昼なんでしょう? 武智さんたち、そこで帰るから」
泊まる予定ではなかったのだから、それでも遅いくらいであろう。
だが、徹にそんな常識は通用しない。
「根性のねえ……買い手がつくまで泊まっていけ、全く」
応が内心、幾夜も友愛と過ごすことをどう思ったかは分からない。
ただ、布団の中でもじもじと身体をすくめたようだった。
それを隠そうとするかのように、父親をたしなめる。
「起きた後でいいじゃない、確かめるの。終了時間にいちばん高い値段付けた人」
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