第22話 危険な夜のひそやかな話
ネットオークション終了時間ぎりぎりに入札されたら、茶碗はそれで落札される。
その入札者は井光でなければならないのだが、応はまだ、それを知らなかった。
知っていれば、何があっても止めたことだろう。
そんなうるさい息子の忠告を、徹はうるさげにはねつけた。
「うるせえな。こんな夜は早く寝ないと、お化けに連れていかれるぞ」
吹き付ける雨風が屋根を鳴らし、窓ガラスを叩く。
確かに、夜の嵐は真夜中になっても、なかなか止みそうにもなかった。
応はぶつくさ言いながら、ころりと寝返りを打った。
「子供のしつけじゃないんだから」
しつけられるべきは、むしろ徹のほうであろう。
だが、確かに昔話の世界では、こんな夜になると、ろくでもないことが起こるものだ。
たとえば蛇は、男に化けて女のところに忍び込んだりする。
中国でも、五通といって、馬や亀が化けて若い娘を慰みものにしたという。
だが、こうしたことは全くの絵空事ではない。
何か不思議で、そして忌まわしいことが実際に起こればこそ、語り継がれてもきたのだ。
それは、事の古今東西を問わない。
だから、この晩も例外ではなかろう。
人ではない何かが闇に紛れて忍んできたとしても、おかしくはない夜であった。
それなのに、応はなかなか眠らない。
徹も変化のないネットオークションの画面に退屈したのか、息子をからかいはじめた。
「あの子? トモミちゃん? お前も隅に置けねえな」
「そういうんじゃないってば」
照れのせいか眠気のせいか、応はぐずぐずと答える。
それがまどろっこしいのか、徹は息子をけしかけた。
「勝負懸けろ、押せ押せ押せ」
「そんな、そんなんじゃ」
応はますます困り果てる。
そこで、ふと徹の表情は柔らかくほころんだ。
急に、いつになく父親らしい声がかけられる。
「お前、寂しいんじゃねえのか、母さんも俺の実家で」
応は聞きたくもないというように、布団の中で身体を丸める。
愚痴とも非難ともつかない、寝言のような声で答える。
「考えてる暇もないよ、父さんの世話でさ……」
そんな眠たげな返事を最後に、微笑ましい親子の会話は止まった。
猫はもともと夜起きるものであるから、応の部屋まで行ってみたりもする。
ドアの向こうから、父と娘の囁き合う声が聞こえた。
「お父ちゃん、アレ売れんかったらずっとここにおるん?」
友愛は友愛で、帰れないときの覚悟は決めているらしい。
井光も、諦めたように言った。
「しゃあないやろ。お得意さんからの預かりもんや。高い家具、買うてもろたんやから古道具もちゃんと売って、お金持っていかんと縁切られてしまうがな」
聞けば、余りに情けなくも悲しい、父親の苦労話であった。
だが、疑わしげな娘の声が念を押す。
「あのおっちゃん、大丈夫なん?」
「ムチャクチャやけど、悪いことはせえへん人や」
意外にも、井光は自信たっぷりに答えた。
娘は、呆れたように尋ねる。
「何で分かるん?」
全くあてにならない、という口調であった。
だが、井光は自慢げに答えた。
「ずっと営業やってきたんやど。人見る目はあるわ」
「せやから心配やねん」
そのまま友美の寝息が聞こえはじめた。
父親も微かないびきをかきはじめる。
父と娘の安全を確かめると、猫は徹と応のそばへ戻った。
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