第58話 世界が回る仕掛けに関する猫たちの考察

 それで、虎徹も納得した。

「道理ではっきり見えると思ったんだ、お前の姿。すぐそこにいたってわけだな、やっぱり」

 猫たちが「幽世」越しに話すとき、その距離が近ければ近いほど、聞こえる声や見える姿は、はっきりしたものになる。

 孫六は、すぐそこどころか、小切手を渡しにきた船越と共に唐鼓の街にいたのだ。

 だが、そもそも何をしに来たのか。

 そこで孫六が、にゃあと頭を下げた。

「すまん。なんか怒り狂った連中がここに集まって来とんのは、分かっとったんや。せやけど、お前、徹と井光と茶碗の面倒見んので手いっぱいやったろ。ほんで、ワシ、ここいらのヤクザチンピラ集めて追ん出そう思うて、船越のおっちゃんのところ行ったんや。こいつら昔っから、よそ者来たら追ん出しよったからな車乗せてもらって着いたら着いたで、街のもん呼ぶのムチャクチャたいへんやったけどな」

 よくもまあ、ニャアニャア鳴くだけの虎猫に、1400人も集められたものである。

 おそらく、隣り合う家々を一軒一軒回っては鳴く猫を不審に思って追いかける人々を、その近所の人々がまた、気にして追いかけたというところであろう。

 それがつながりにつながって、あんな大騒ぎになったのだ。

「いやいや。そんでいいんだよ、事情がわかりゃ」

 虎徹がちょいちょいと猫パンチでその場を和ませる。

 孫六も頭を上げて、それまでの出来事を語りはじめた。

「武智のおっちゃんが持ってきたあの茶碗、もう最初っから買うてくれ、買うてくれってうるさかってん。もう、唐鼓の街の下まで行ったるで、ちゅう勢い全開でな。こりゃ、お前の力借りなあかん、と思うて、相談したんや」

 そこで虎徹が相槌を打つ。

「うまい具合に、徹がネットで古道具屋開いたってなあ運が良かった」

「お前からそれ聞いてたから、とりあえずキーボードの上に乗っかって、トウコって検索したってん。あとはおっちゃんに、にゃあと鳴いて教えたればおしまいや」

 得々と語る孫六に、虎徹は大真面目な顔で頷く。

「それはそれで済んだんだがな」

 そこで孫六は目を剥いた。

「何か文句あるんかい」

 万事丸く収まったのに、まだ何かツッコまれるのが面白くないらしい。

 それをなだめるように、虎徹はまた猫パンチを見せた。

「文句じゃあねえが、うまくできてやがんなあ、と思ってな」

 話が回りくどいのは、なかなか言葉にできないことだからだ。

 孫六はイラチと呼ばれる大阪人の気質に漏れず、不機嫌に問い返した。

「何が?」

 口ごもっていた虎徹は、ようやく言葉が見つかったのか、ようやく口を開いた。

「徹が古道具屋開かなかったら、どうなってたよ?」

 孫六は、あっさりと答えた。

「えらいことになっとったろうなあ、茶碗の怨念、えらいえげつなかったし」

 そこで虎徹はようやく、うまい言葉を見つけて口にした。

「ご都合主義っていうんじゃねえか? 徹がああいう金儲け、いきなり始めたのは」

 孫六は、面白くもなさそうに答える。

「それ言うたら、武智のおっちゃんに茶碗が渡ったのはどないなんねん」

 虎徹は答えなかった。孫六もそれ以上は聞かない。

 そもそもどちらも、あの2人を「清め」として選ぶのに、たいした理由はなかったのだ。

 それでいい。それで世界は回っているのだから。

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