第56話 乱闘の舞台裏
友愛の腕の中の孫六は、虎徹に睨まれても平然と構えていた。
虎徹にしてみれば、納得のいく説明を求める必要があった。
「どういうことでえ、事と次第によっちゃあ……」
だが、孫六は例によって、悪びれる様子もない。
おそらく複雑であっただろう経緯を、開き直りのひと言と共に、あっさりとまとめてしまった。
「しゃあないやないかい、いちいち事情を話しとると長うなって間に合わへんから、こうやってあのおっちゃんの車に乗せてもろうてきたんや」
虎徹は更に追及した。
「それにしては遅かったじゃあねえか」
空に浮かぶ顔や、ボロ家の中に現れた姿がはっきりしていたということは、唐鼓の街の近くにいたということだ。
孫六は面倒臭そうに、これまでの経緯を語りはじめた。
「傑のガキがそっち行って、茶碗が売れた売れんかったちゅう話しとる間に、アレが動きよったんや。何やら怒り狂っとる連中が、そっちに向かってるちゅうのが分かってな、弱ったなあ思うてたら、傑のガキ、昼前には戻るちゅうやないかい。ワシ、何やらピンときてな、船越のおっちゃんとこ張り込んでたら案の定や。昼前におっちゃん慌てて車に乗り込むやないかい。ほんで、そこに駆けこんだったんや」
その時間は、虎徹にも心当たりがあった。
すかさず、相槌を打つ。
「ちょうど、あの傑とかいう小僧が戻ってきた頃やな」
だいたいの事情は分かった。
友愛と傑が色恋沙汰で揉めている間に、例の縞ジャケどもは、目利きのできない見栄っ張りの会長とやらに茶碗が落札できなかったのを叱り飛ばされた。茶碗の価値に疑いを持っていた縞ジャケの親分は、その手たちと唐鼓の街へ向かったのだ。
それを感じ取った「禍事」は勢いづき、その動きに孫六も気付いた。さらに、傑が茶碗を買い取ろうとしているのを察した孫六は、その失敗も見越して、後始末をしようと唐鼓に向かうであろう船越のもとへと走ったのだ。
だが、自分のやることに絶対の自信を持っている傑は、父親がこっちへ向かっているとも知らず、予告した昼前に友愛のもとへ戻ってきたというわけだ。
孫六は、ゆったりと頷いて虎徹の問いに答えた。
「そうや、その昼前がコトの潮目やったんや」
コトといえば、唐鼓の街では縞ジャケのヤクザどもとの乱闘騒ぎ以外の何物でもない。
潮目というからには、それまでの間、別のことが起こっていたのであろう。
虎徹は、それを尋ねてみた。
「じゃあ、それより前はどこで誰が何やってたんだ」
そこで孫六は、ひと言だけ断りを入れる。
「これは、あの船越のおっちゃんが車んなかでインカムつけて、傑と電話で話しとるの聞いたから分かったんやけどな……」
何でも、この茶碗の売り買いが詐欺にあたると直感した傑は、なんとか500万円を工面して自分が買い取ろうと考えたらしい。
さすがに虎徹も、そこにはツッコんだ。
「なんであの年でそんな大金持ってんだ」
その徹は、ヤクザに殴られるわ、友愛の前で父親に張り倒されて説教されるわで、すっかり意気消沈したらしい。
寝たふりをして布団に潜り込んではいるが、実のところ、すすり泣いているようである。
孫六は、それを冷ややかな目で見降ろしながら話を続けた。
「あのガキ、シックスポケットチルドレンやってん。オヤジさんとオフクロさん、父方と母方の両方のジイさんバアさんの6人から、小遣いだのお年玉だの貰える子供な。その金、全部貯め込んでたんや、友愛と結婚するときに使うんやっちゅうて」
マセガキにもほどがある。
話をまとめると、こういうことだった。
まず、400万円までは、小学生の頃から友愛との結婚資金として貯め込まれていた。
残りの100万円を何とかしようとして傑が目をつけたのが、オークションの画面に映っていた茶碗の写真である。
一緒に、古ぼけた籠が写っている。これに100万円の価値がないかと考えたのだ。
東京都内へ急行して、古道具屋街を歩き回って写真だけで相談を持ち掛けると、その見込みがあると分かった。
ところが天網恢恢疎にして漏らさず、その中に船越を見知った者がいて、家族写真を見せられた記憶からあっさりと足がついたのだった。
船越がくどくどと傑に説教したのと、だいたい同じ話である。
違うのは、結婚資金の話が出なかったことくらいだ。
茶碗はまだ、カタカタと揺れている。
当然のことながら、虎徹と孫六の髭も震えていた。
まだ、「禍事」は暴発の機会をうかがっているらしい。
だが、孫六の話で、これを鎮めるきっかけは掴めた。
解決のカギは、この船越とかいうオヤジが握っている。
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