第55話 遅れてきた第三のオヤジ

 その謎の答えは、すぐに出た。

 応と友愛がボロ家の中に、オヤジ2人と若者1人を苦労の末に運び込んで間もなくのことである。

 家の外に、自動車の止まる音がした。

 さっきもヤクザどもとのゴタゴタがあっただけに、応も友愛も畳の上ですくみ上がった。

 それでも応はすぐ我に返って、友愛を背中にかばう。

 やがて、誰かが自動車から降りてきた。

「お邪魔します」

 戸口から声が聞こえた。

 応がそこで、あ、とつぶやいた。

 その声に心当たりがあるようだった。

 察するに、応の受けた電話の主が来たらしい。

 友愛もまた、あれ? と声を立てたが、そこまでは気が回らなかったのか、応は戸口に向かって答えた。

「どうぞ、父と武智さんはまだ寝てますが」

 礼儀正しい返事を受けてやってきたのは、恰幅のいい50代くらいの紳士だった。

 お土産のつもりか、何やら蓋の付いたバスケットを抱えている。

 すでに元の服に着替えていた友愛がそれを見て、あ、と目を見開いた。

 それを見て、紳士も人懐っこい笑顔を見せた。

「お久しぶり、傑の父です。小学校以来、息子がお世話になってます」

 友愛と孫六の話によれば、確か、ここの姓は船越とか言ったはずだ。

 この船越という初老の男は挨拶を済ませるや否や、畳の上に座ると、持ってきたバスケットを開けた。 

 中を見るなり、友愛が歓声を上げる。

 だが、そこにあったのは、お土産ではなかった。

 友愛は、はしゃぎながらその名前を読んだ。

「孫六!」

 中から飛び出してきたのは、1匹の虎猫だった。

 ゴロゴロと喉を鳴らして、友愛の豊かな胸の中に収まる。

 船越が、それまでの経緯を説明した。

「私が車で家を出ようとしたら、乗り込んできましてね。ご自宅に寄ってお母さんにお話ししたら、友愛さんに会いたいでしょうから、どうぞお連れ下さいとこのバスケットを」

 出来事の不思議さにいかにもおどろいたというように、また、猫の賢さにいかにも感心したというように語り続ける。

 虎徹が非難がましく、おわあ、と虎猫の孫六を見上げて鳴いた。

 友愛の胸に顔を摺り寄せて甘える孫六が悠々とした態度で、にゃあ、と見下ろして返す。

 それにしても、この家の場所など船越は知らないはずである。

 どうやってここにたどりついたのか。

 船越は、その経緯を長々と喋りつづけた。

 それが終わるのをじっと待っていた応が、おそるおそる途中で口を挟んだ。

「あの、どのようなご用件で」

 応にとってはそっちが最優先であったろう。

 大騒ぎのあった日に、恋敵に加えて、その父親にまで乗り込んでこられてはたまるまい。

 だが、船越は応の問いには答えなかった。

「失礼」

 そう言ったなり、部屋の隅へ歩いていく。

 そこには、3組の布団が敷いてあった。

 いちばん奥には徹が、真ん中には井光が、それぞれ酒臭い息を吐きながら高いびきをかいている。 

 船越は、いちばん手前の布団の傍らに片膝をつくと、そこで寝ている息子を揺すり起こした。

 ふがふがと、夢見心地の返事が聞こえる。

「友愛……まだ早いだろ、もう少し寝かせてよ……」

 名前を呼ばれた少女は、応から向けられた不安げな視線を、顔の前で手を振って打ち消した。

 ないないない、ホンマはそんなことない、こんなんコイツの妄想や、と。

 船越に枕を引っこ抜かれ、敷布団に頭を落とされた傑は、ようやく目を覚ました。

「あ……お父さん?」

 寝ぼけ眼で息子が起きるなり、船越はその襟首を掴んだ。

 呆然とする息子を布団から引きずり出すなり、いきなり平手打ちを食らわす。

「このアホンダラ! 親にどういう恥かかすねん!」

 起きている一同が茫然と見守る中、長い長い説教が始まった。

 その間にも、籠の中の茶碗はゴトゴトと騒ぎ続ける。

 買うてくれ、買うてくれと……。

 収まらぬ思いを受け止めて、この街の下に封じられた「禍事」も暴れるをやめようとしなかった。

 何とかしなければならなかった、何とか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る