第53話 静寂の中、再び茶碗の怨念が目覚める
5月の青空の下で、縞ジャケットのヤクザどもが、背中を向けて気絶している。
その向こうでは、連中を打倒した井光が空を見上げて立ち尽くしていた。
唐鼓の街の平たい家並みを歪ませていた邪念のゆらめきは、もはやない。
それを鎮めた徹はというと、ただ、倒れ伏した縞ジャケどもの前に平伏しているばかりである。
やっと訪れた静寂の中で、誰もが無言のまま、その場の成り行きを見守っていた。
応が抱えた茶碗も、おとなしく静まり返っている。
やがて、目を覚ました縞ジャケたちがひとり、またひとりと、立ち上がった。
窓ガラスが割れたりボディが凹んだりした黒塗りの車に乗って去っていく。
ひとり残らず、何が起こったか分からないという顔をしていた。
地元のヤクザたちが罵声を浴びせながら、道を開けてやる。
「もう来るんじゃねえぞ、腰抜けども」
「道で会ったらただじゃ置かねえからな」
脅し文句も悪態も月並みな連中である。
オヤジたちに倒された縞ジャケどもも、ようやく意識を取り戻したようだった。
最後の最後に、縞ジャケの親分がデカブツとその他1名に支えられて、ボロ屋の中から出てくる。
尻に帆を掛けて逃げていく子分たちの車をいまいましげに見送ると、残された自分の車の無残な姿を眺めて苦笑した。
何か言おうにもオヤジたちがぴくりとも動かないせいか、事の発端となった茶碗を抱えたままの応へと振り向いて声を掛ける。
「今日のところはこの辺で。お父様方によろしく。車の修理はお気になさらず。なかったことにいたしますので。ただ、400万円をお返しいただけなかったら、今度は法廷でお会いしましょうとお伝えください」
そう言い残すと、ほとんど原型をとどめていない車に乗って帰っていった。
狭い道を埋め尽くす街のならず者たちは、それを見送りなどしない。
いつの間にか地面に倒れて正体を失っていた2人のオヤジに、わっと声を上げて駆け寄った。
食堂のおばちゃんは、徹の方にいた。
「見直したよ、トオルちゃん! 50近くなって、やっとひと皮むけたねえ……」
だが、問題がすべて解決したわけではなかった。
2人が倒れてしまったということは、「清め」の力も再び眠り込んでしまったということである。
応の腕の中で、再び茶碗がカタカタ震えだした。
買うてくれ、買うてくれ、と……。
これが騒いでいる限り、暴れる「禍事」は抑えられない。
あのヤクザや、夜中に友愛を狙ったあの影がまた現れないとも限らないのだった。
話は、振出しに戻ったわけである。
ただし、ひとつだけ違うことがあった。
傑である。
ぞろぞろと帰りはじめた地元のならず者たちの足下で、まだひっくり返っていた。
放っておけば、今にも踏んづけられたり蹴っ飛ばされたり、散々な目に遭わされそうであった。
友愛が、呆れ果てたようにため息をついた。
「何しに戻ってきたんや、いったい……」
仕方なさそうに歩み寄るのを、応が止めた。
「これ、持ってて」
差し出されたのは、抱えていた茶碗である。
虎徹がじたばたやって飛び降りたあとの腕に、友愛はもともと自分たちが持ってきたものを抱えた。
カタカタ揺れる茶碗を豊かな胸で押さえ込みながら、ボロ家の中にへと姿を消す。
代わりに応が、倒れた傑へと近づいた。
その傑の懐で、何かが高らかな歌声を上げる。
それは、友愛とお揃いの、あのベタな六甲おろしであった。
だが、傑は気を失ったまま、出ることもできない。
応はおろおろと困り果てた。
「どうしよう、虎徹……」
猫に聞かれても困る。
先になんとかしなければならないのは、むしろ茶碗のほうである。
他人のスマホなど放っておけばいいのだが、呼び出し音は長々と続いた。
しばし迷った応であったが、思い切ったように傑の懐からスマホを取り出した。
「……ごめんなさい、ええと、マサル君」
ひとこと謝って、応は電話に出た。
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