第51話 オヤジたちが真の力に目覚める
「酒や酒や、酒買うてこい!」
「許してください、もお飲めましぇーん!」
家の中から響き渡る声を聞いただけでも、どっちがどっちの叫びか分かる。
残った1本の酒までも、ふたりして5合ずつ飲んでしまったらしい。
井光も徹もそれぞれが、合わせて1升を仲良く飲んだだけで完全に出来上がっていた。
酒乱にも限度というものがある。
ところで応はというと、カタカタ震える茶碗を抱えたまま、目の前の殴り合いを前に為す術もなかった。
ただ茫然と戸口で突っ立っているしかなかったのだが、泣き叫ぶ徹の声にでハッと青ざめた。
隣で佇んでいる友愛の目が気になるのか、恥ずかしげにうつむきながらつぶやいた。
「何だよ父さん……この大変なときに」
確かに、その通りであった。
家の外での乱闘で目を釘付けにされていた応は、徹がいつ目を覚ましたのか知らない。
だが、井光に起こされてから酒盛りを再開したために、今までの時間に払った犠牲は大きかった。
たとえ、黒塗りの高級車が何台も破壊されたことのほかには、傑ひとりが倒れただけであっても。
だが、それは仕方がなかった。
オヤジたちが秘めた「清め」としての本領を発揮させるためには、この酒盛りは必要な時間だったのだ。
だが、いつもは禁じられている酒を飲んだだけでは足りない。
さっき、井光などはどうにか娘の友愛と話ができたが、意識が残っているうちはまだ早い。
このオヤジたちだけが操れる「清め」の力は、性根を失うまで呑んで初めて目覚めるものなのである。
だが、父親がそんな誇るべき力の持ち主であることを、応が知るはずもない。
家の中に向かって、悲鳴に近い声で叫ぶ。
「ちょっと、やめてよ父さん!」
応が振り向いたところで、それを遮るかのように、目の前には友愛がいた。
余裕たっぷりの笑顔で、焦る応をなだめる。
「ええねん、これで。お父ちゃんとおじちゃんに任しとき」
友愛もまた、父親の持つ力など知らないはずである。
それが口に出されないうちは、応も納得するわけがない。
さすがにムキになって尋ねた。
「何で……」
そこで応の言葉が途切れた。
ふと、手元の茶碗に目を落とす。
さっきまで、抑えきれないほど暴れていたのが嘘のように静まり返っていた。
これこそが、オヤジふたりの持つ「清め」の力であった。
己を失って入神状態になった彼らの前には、人やモノにまつわる、恨みつらみは無力である。
ケンカに喩えるなら、双方の間に割って入って、有無を言わさずお互いを黙らせるといったところであろうか。
友愛が、泣きだしそうな子供を慰める母親のような口調で言った。
「この子が……そう言うててん」
胸に抱いた猫を掲げてみせる。
応がきょとんとした顔で聞き返した。
「虎徹が?」
灰色猫が友愛の代わりに、おわあ、と鳴いて返事をした。
言われた通り、応は道を開けてやる。
そこへ、オヤジがふたり、ボロ家の中から現れた。
横綱の土俵入りのごとく、井光が悠々と戸口を出ると、徹がちょこちょことついていく。
応が情けない声で尋ねた。
「大丈夫かな……父さん」
友愛は、しばし言葉に詰まった。
ちょっと考えて、ためらいがちに、しかしカラ元気ともいうべき気丈さのあふれる声で答えた。
「何とかするやろ、お父ちゃんが……たぶん」
それぞれの息子と娘は、縞ジャケの集団に向かって歩いていく父親の背中を不安げに見つめていた。
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