第44話 幻影猫のご託宣
そこで「幽世」から、孫六が語りかけてきた。
助言をくれるというなら、絶妙のタイミングである。
外では青空に顔が浮かんでいるだけだが、家の中ではくっきりと、虎猫の全身を見せていた。
だが、何の役にも立たなかった。
その面構えと同じくらいのふてぶてしさで、虎徹に指図してきたのである。
「おい、その茶碗なんとかせえ」
人、いや、猫使いの荒いことおびただしい。
虎徹も即座に怒鳴り返した。
「何とかできるもんならどうにかしてらあ、とっくによお!」
だが、猫同士で口論をしている場合ではなかった。
その辺りは、苛立つ虎徹よりもむしろ、図々しくふんぞりかえっている孫六の幻影のほうがよく分かっているようだった。
不機嫌な顔で、ぶすっと言う。
「この街の下でアレがえらい勢いづいてるで。表出てみい」
虎徹の心配は、思いのほか早くに現実のものとなった。
とうとう茶碗の叫びが、唐鼓の下に封じられた、例の「禍事」に届いたらしい。
そうなると、家の外に出た残りの縞ジャケどもの心も乗っ取られている恐れがあった。
気になるといえば気になるが、それはそれでムチャクチャな話だった。
孫六は孫六で、その場その場で言うことのつじつまが合わない。
非常時にも関わらず、虎徹が文句を言いたくなったとしても無理はあるまい。
「茶碗なんとかせいっつったのお前じゃあねえか」
そのためには、家の中から出るわけにはいかない。
茶碗の怨念を清めるべき徹と井光は、仲良く寝息を立てている。
その息子と娘も、恐怖のせいか、それとも危険を避けるためにに敢えて動かないのか、身体を寄せ合ってうずくまったままである。
茶碗をどうにかできるのは、もはや灰色猫の虎徹しかいなかった。
しかし、猫の身では茶碗をくわえて運ぶこともできないのだ。
指図するだけの孫六はというと、気楽なことに何もかも丸投げしてくる。
「そこは自分で考えんかい、外の物音聞いたら分かるやろ」
とうとう、恐れていたことが現実のものになったようである。
家の外からは、十数人が殴り合いのケンカをしているような声がしていた。
その中には、老いた女のものと思しき喚き声も混じっていた。
どうやら、あのおばちゃんも暴れているらしい。
頼もしい限りだが、だからといって高齢者に知らぬ顔もできないのだった。
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