第37話 街に迫る危機を、人より先に感じるのは猫
虎徹の興奮と同時に、家の外では強い風がどうと吹いた。
家の外へと駆け出した虎徹が、太陽が昇りつめた青空を眺める。
そこには、虎猫の姿をはっきりと現した孫六がいた。
その声が、「幽世」越しに語り掛ける。
「おい、アレが駄々こねだしたで」
虎徹は半ば怒り、半ば震え慄きしながら叫んだ。
「何だア、今度は!」
孫六が悪態で返事をする。
「聞かんでも分かるやろ、耄碌したんとちゃうか」
確かに、虎徹の身体が、理屈抜きに感じ取っていたことがある。
さっきの興奮の正体は、これだったのだ。
唐鼓の街は、もう、その下に封じられた「禍事」が暴れるのを抑えきれなくなっていた。
こんなことが起こるのは、何十年、いや、何百年ぶりだろうか。
「虎徹も何年、猫やってんのや」
それは、孫六も虎徹も化け猫並みの年齢であることを意味する。
人間のやることを見守るのも楽ではないのだ。
そこには常に、恨みつらみや悲しみで重く沈んだ心、いわば凍えた魂がある。
日本のあちこちから猫たちが受け渡してきた、そんな思いのリレーアンカーたる虎徹に至っては、なおさらだった。
ここで起こっている事態がわからないわけがない。
「俺が聞いてんのはそういうことじゃねえ」
その事態に最後のひと押しをしたのが、あの茶碗であることもまた、分かりきったことだった。
怨念のこもった茶碗に引かれて、恨みつらみを抱えた何者かが、この地に群れを成して集まってきているのだろう。
それは、人の目には見えない。
しかし、猫が「幽世」を通してものを見聞きすれば、そこに封じられたもの様子は分かるのだ。
問題は、事態をここまで至らしめるほどの怨念は、どのようなものなのということだった。
その怨念が込められた茶碗にまつわる事情は、持ち込んだ孫六がいちばんよく知っていた。
「元の持ち主や。2番目の値段で売れへんかったら、憑りついた恨みは晴れんらしいで」
まだ、「禍事」が動きだす前なら、恨みを込めた茶碗の接近に気付かれないよう、それにまつわる事情は伏せておかねばならない。
だが、事ここに至っては、もはや隠しておく必要もなかった。
茶碗の怨念に引かれた恨みつらみや深い情念、そして欲望は、放っておけば街の下の「禍事」へと流れ込んでゆくことだろう。
そうなれば、「禍事」は力を得て暴れ出し、ますます唐鼓の街へと人の悲哀や怨念を引き寄せ、果てしなく膨れ上がっていく。
ここで「禍事」に暴れられたら、そうならないように苦心惨憺してきたことが全てムダになる。
だが、虎徹はさらに突っ込んで尋ねた。
「その恨みが、何でアレをここまで動かすんだよ」
空から、すさまじい風が吹き付けてくる。
孫六も焦っているのだ。
空に浮かぶ顔をしかめた虎猫が、苛立たしげに怒鳴りつけてくる。
「ようわからんけど、そっちにも面倒な連中が集まってんねん!」
ここでいう「そっち」とは、「幽世」に対する現実世界のことだ。
本来なら現実世界で起こることは、「幽世」とは全く関わりのないことである。
だが、例外がある。
それが、大人数の感情や、1人が抱えた何人、何十人分もの思いを伴う場合だ。
唐鼓に迫りくる何者かの脅威が「幽世」越しに分かるというからには、孫六にもよほどの邪念が感じられたのだ。
虎徹は「幽世」越しに孫六へのぼやきを口にした。
「トオルのせいだろうよ、たぶん、それも」
まともな男がまともに立ち回って、事態がこれほど悪くなったことはなかった。
どれほど生きてきたか分からない猫が言うのだから、間違いはない。
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