第31話 動きだしてしまったオヤジたちの陰謀
応が力ない足取りで帰ってくると、ボロ家の前で待っていたのは徹だった。
「やったぞ、息子よ!」
そう叫ぶなり、徹は太く暑苦しい腕で、応をいきなり抱きしめた。
だが、返ってきた言葉は素っ気ないものだった。
「何すんだよ、父さん」
息子がイライラと身体を引き剥がすと、徹はすっかり有頂天になっていた。
家に入ろうとする息子の背中に張り付くようにして、オークションの結果を報告する。
「喜びな、勝ったんだあな、俺たちゃ」
深く落ち込んでいる応は、それを全く相手にしない。
ただ、ぼそりとつぶやいただけだった。
「関係ないし、僕」
暗い顔で座敷に上がろうとした応の襟元を、上機嫌の父親が掴んだ。
「何でえ何でえ何でえ、女の前で男が肩なんぞすくめて首だラーんと下げて……ふたりで何の話してたんだか知らんが」
途端に、応の全身が真っすぐに強張った。
素っ頓狂な声で叫ぶ。
「見てたの!」
都市伝説の怪談にでもありそうな形相で、応は振り向く。
秘密を知られた怒りと恥ずかしさで、その目撃者を「見たな」と睨みつける、あの話である。
その息子の見せた気迫に、徹はたじろいだ。
「いや、さっきな、あのオヤジ……」
ようやく口に出せた言葉は、不機嫌なツッコミに遮られた。
「井光さんね」
父の腕の先にぶら下げられたまま、応は不愛想に答える。
どうやらこの父親、金儲けの片棒を担がせた相手の名前を、今の今まで憶えていなかったらしい。
徹はきまり悪そうに、前後を行きつ戻りつさせながらも話を続ける。
「こっちが100万で入札したら向こうは200万、そこで思い切って100万上乗せしたら……いやな、本当に払うんじゃねえんだからそういう目えすんな……それで向こうもムキになって100万上乗せする、それでだな、また100万円乗っけたら、それっきりもう、向こうは黙っちまってさ……」
言い訳とも自慢話ともつかない話は長引きそうだった。
それでも徹は応の襟元を掴んだまま、さっさとボロ家の中に入ってしまう。
追いかけようとした虎徹の脚が止まったのは、家の前を友愛が横切って行ったからである。
それも瞬く間に、しかも無言だった。
家の中に駆け込んでしまった応も、その息子の機嫌を損ねまいとしている徹も、共に戸口に背中を向けていたせいもあって、友愛に全く気づかなかったらしい。
しかし、友愛をそこまで急がせたものは、いったい何であろうか。
虎徹は、石根親子を放っておいて、友愛の後を追っていった。
その足元にたどり着くまでには、それほど時間はかからなかった。
虎徹がたどり着いた先では、ちょうど井光が娘に捕まったところだったのだ。
友愛は、父親の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで問い詰める。
「何でウチ見て逃げんねん」
娘の伸ばした手は、するりと父親にかわされる。
その先へと踏み込んだ友愛に、井光は緊張で喘ぎながら答えた。
「いや……逃げたわけやないで」
父親の目を見据えた娘は、抑えた口調で詰問した。
「で? 例のオークションどないなってん? あの詐欺まがいの」
詐欺、のひと言で井光は縮み上がる。
最初は自分も気づいていただけに、やましいところがあるらしい。
それでも、平静を装って答えた。
「あのな、詐欺っちゅう奴があるかいな、人聞きの悪い……お父ちゃんが落札したんや、500万で」
悪鬼羅刹の形相で、友愛は罵詈雑言を並べ立てた。
「そないなお金、どこにあるん! だいたい、人に売るためにこないなところまで来て予定外の1泊したんやないの! 自分でオークションかけて自分で買って、何にもならへんやんか!」
井光は友愛に胸ぐらを掴まれたまま、苦しい息の中で弁解した。
「いや、ホンマに払うわけやない……」
まだ娘に話していなかった事情をくどくど説明する。
入札する者があったら、より高い値段をつける。井光が競り落としたふりをして、2番手が示した値段で売りつける……。
やがて、友愛は父親の話が終わると、スマホを取り出して電話をかけた。
「……あ、傑? さっきの詐欺の話やけど。聞いとんのかいな、何や、周りがやかましいな。傑! マサル! 猿のケツ!」
ろくな話もできないままに、電波が悪いのか向こうが話すのをやめたのか、電話は切れてしまったようだった。
暗い表情でスマホをカバンにしまいながら、友愛は鈍臭い父親でもわかるように、事の重大さを噛んで含めるように説いて聞かせた。
「あかんわ、お父ちゃん……あのな、傑が詐欺になる言うてんねん、あのオークション……」
そう言いながら、困った顔をして振り向く。
だが、そこに逃げ足だけは速い父親の姿は既になかった。
再び、烈火のごとき怒りに、友愛の形相が変わった。
「どこ行ってん、お父ちゃん!」
そう叫ぶが早いか、何処かへ駆け出していく。
その後ろ姿を見送った虎徹は、ボロ家の中に戻るしかなかった。
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