第30話 初めての恋に敗れた少年の面倒臭いリアクション
そこへ、傑と入れ替わりにやってきたのは応である。
運の悪いことに、恋の経験のない純情な少年がそこで見てしまったのは、友愛から傑への親密なボディタッチだった。
おろおろと、友愛に声をかける。
「ごめん……邪魔だったよね」
振り向いた友愛を、何とも言えない腑抜けた顔で見つめている。
友愛は、いかにもうんざりしたという顔で、幼馴染をけなしてみせた。
「なに言うてんねん、邪魔やったのはあっちのほうや」
しかし、応はもう、その話をまともに聞いてはいなかった。
友愛から目をそらすと、白々しく頭を掻く。
「恰好悪いよね、こういうのって」
その場の空気が、再び重く沈む。
うんざりしたような顔で、友愛は応の自虐を軽く受け流しにかかった。
「知らんかってん……来てるちゅうのは。ああ、あれ、マサルいうてな……気にせんとき」
向こうがどう思っているかはともかく、それが友愛の偽らざる気持ちであったろう。
さらに、昨日までならそれは、何の疑いもなく通ったはずだった。
応も、ここまで落胆することはなかったであろう。
あの土砂降りのトタン屋根の下で過ごした、お互いに素肌を晒す背中合わせの時の前だったなら。
あるいはせめて、部屋こそ違え、ひとつ屋根の下で嵐の夜を過ごす前だったなら。
応は、かすれそうになる声を、努めてはっきりとした言葉に変えて口にした。
「いいんだ、僕がちょっと勘違いしてただけだから、ごめん……迷惑だったよね」
顔は笑っているが、悲壮感あふれる強がりであった。
そんな少年は、年頃の娘にとって、さぞかし鬱陶しいことであろう。
だが、友愛は、傑に対するような冷たい態度を、応に対しては取らなかった。
「あんなあ、腐れ縁いうのんか、幼馴染いうのんか知らんけど、そういうんやないねんて」
説明するのも面倒臭いという口調でなだめにかかる。
だが、心がすっかり内向きになっている応は、友愛の言葉を聞いてもいない。
「いや、僕もちょっと、いい気になってたっていうのか、ああいうの、いままでなかったし、じゃあ」
こうして、勝手に友愛に想いを寄せて勝手に振られて傷ついた、応のややこしい反省と謝罪の言葉は自己完結した。
雨の去った後の、朝の空はすっかり晴れ上がっている。
それなのに、応は見る影もなくしょんぼりと背中を向けた。
友愛は、歩み去る応の後ろからは、精一杯の明るい声をかけてみせた。
「違うねんて。あれ、船越っちゅう、地元の成金の息子やねん。うちが子供の頃から付きまとうて、からかったり嫌味言うたり、迷惑してんのや」
とぼとぼと歩きながら、応は振り向きもしないで返事をする。
「それ、好きだからだよ、きっと」
こういうとき、ふられ男の勘は無駄に鋭いものである。
言われなくても察しの付いていたことなのか、友愛はガラにもなくジタバタ騒いだ。
「何言うてんねん。あいつの親父もな、裸一貫でこの辺から流れてきた男やねんて。地道に夜間大学通って、それでようやっと会社起こして這い上がってきたいうのに、そういうこと考えてもおらへん極道息子なんや、あいつは」
人間、図星を突かれると言い訳が長くなるものらしい。
結局のところ、友愛は傑の気持ちが分かっていたわけである。
語るに落ちた片想いの相手にやっとのことで振り向くと、応は寂しく笑いかけた。
「友愛さんも、よく知ってるじゃない。結構、お似合いだと思うな」
友愛は困り果てた様子で目を閉じると、自分の顔を片手でぴしゃりと叩いた。
ひと晩とはいえ世話になった家の息子を傷つけたまま、この唐鼓の街を去るのはさすがに寝覚めが悪いのだろう。
少し気持ちが落ち着いたのか、友愛は応の背中に声をかけた。
「何言うてんのかさっぱりや、戻ってき!」
目を怒らせて呼び止めても、振り向かない相手には何の意味もない。
ただ、ぼそりとつぶやく声だけが聞こえた。
「いいんだ、2番目で」
その意味することが分からなかったのか、友愛はしばし茫然と佇むよりほかはなかった。
やがて、何かを思い出したらしく、澄み渡った初夏の空をため息まじりに仰いだ。
「言うんやなかったわ、世界一好きやなんて」
猫としては、面倒臭い飼い主で恥ずかしい限りである。
とりあえず、できる罪滅ぼしは、代わりに応の後を追うことぐらいしかない。
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