第29話 幼馴染たちの熱い口喧嘩
猫が友愛のもとに戻るのには、たいして時間はかからなかった。
スマホを手に熱弁を振るう傑に引き留められていたからである。
友愛に見せた画面に映っているのは、籠のそばに置かれた、例の茶碗である。
「こんなのが100万するわけあれへんやんか! 写真で見たって分かるわ。確かに偽物やないかもしれへんけど、これ、鎌倉時代の古瀬戸やない。どない古う見積もったかて、たぶん、せいぜい江戸時代の中頃や。それかて、高うてもせいぜい10万円がええとこやろ」
まだ若いのに、古道具や骨董の類の目利きができるというのは、只者ではない。
ただ自惚れが強いだけの、金持ちの倅ではないようである。
それでも、友愛のあしらい方は冷ややかなものだった。
「相変わらず無駄に詳しいなあ、いろんなことに」
「やかましいわい、親父の見栄や。何でもかんでも1番にならなあかんちゅうて、せんでもええ習い事させよったんじゃ」
傑もまた、それなりに悲しい子ども時代を抱えているようであった。
だが、友愛は血も涙もないことに、軽い調子で混ぜっ返す。
「お茶とかお花とか」
傑は口をつぐんだ。皮肉たっぷりの友愛に、吐き捨てるようにぼやく。
「骨董いじりもや、ほんまに爺むさい……」
もっとも、友愛はさらに、身もふたもないことをさらっと言ってのける。
「ええやないの、金には困ってへんねんから。マサル、ちっちゃい頃からシックスセンスのチルドルームやったろ」
霊感のある冷蔵室とは何物か、よく分からない。
傑は面倒くさそうに、冗談か本気か分からない言い間違いを訂正する。
「シックスポケットチルドレンや、両親と父方母方両方の爺さん婆さんから小遣いもろうてる子どものことや悪かったな!」
ヤケを起こしてわめきたてる傑を、友愛はまあまあとなだめる。
「知ってるがな、うちもマサルのお父ちゃんお母ちゃんに聞いて知ってんねん。子供の頃からお小遣いだのお年玉だのケチケチケチケチ貯め込んでるて。そんなん何に使うつもりやてウチが聞いたら、何て言われたと思う? もう、アホらしゅうてものも言えんかったわ」
傑は目を剥いて、日の高くなった青空に向かって叫ぶ。
「うがあああああ! あのクソ親父にオカンのドアホ、俺の知らんところで俺の友愛になに言うてんねん!」
友愛は面倒臭そうな顔で、傑の背中をさすってやったりする。
「ちょっと落ち着いてんか。うち、傑もそんな話も何とも思うてへんのやから」
そのひと言がトドメとなったのか、傑はその場に、がっくりと膝を突く。
だが、その目は真剣に友愛を見つめていた。
「とにかく、そんな行商、絶対無理や。関わったらあかん、何日かかるか分かれへんし、ホンマに捕まるかもしれん。おっちゃんに任せて、すぐ帰ってきいや」
「お父ちゃん放っとかれへん」
そう言う友愛を、膝の土を祓いながら立ち上がった傑はまっすぐに見つめて忠告した。
「そんなんやったらお前もほっとけるかい、こんなヤクザしか住んでへんようなとこ」
「何で知ってんねん」
友愛がきょとんとする顔を見つめながら、傑は妙に偉ぶった態度を見せた。
鼻息も荒く、隠された過去を語りはじめる。
「昔、ここから大阪へ死ぬ思いで引っ越してったんや、オヤジなんかボコボコにされてな」
「何で無事やってん、傑だけ」
さっきとは打って変わった、冷ややかなツッコミであった。
だが、傑はますます虚勢を張る。
「小さい頃からな、空手なろてるんや、俺」
拳が腰の辺りに構えられる。
いかにも疑わしいという顔で、友愛は傑の自慢話を蹴飛ばした。
「嘘つかんとき」
「嘘やないわ、かかってくる悪ガキども全員クロスカウンターや」
めげることなく言い返す傑を友愛は鼻で笑う。
小馬鹿にするような口調で、傑の過去の古傷を突いてきた。
「うちに泣かされてばっかりやったやんか、小学生んとき」
だが、傑も負けてはいない。
それこそ小学生男子のように幼い態度で言い返す。
「負けてやってたんや、引っ越してきたばっかやったし、お前、女やから」
そこで繰り出されたのは、腰の高さからの正拳突きである。
結構な速さの拳であったが、友愛はあっさり手首を掴んで受け止めた。
「何負け惜しみ言うてんの」
止められた拳をしげしげと見て、傑は言い返した。
「負け惜しみなんて言うかい、俺はいつも」
笑いながら自信たっぷりに言う。
だが、その言葉を友愛は、途中で軽く遮った。
「2番目じゃあかんの?」
男としては、いたく自尊心を傷つけられるひと言であった。
傑はその内心を見せまいとしたのか、きまり悪そうに、肩をすくめて笑う。
「ちょっと、出かけてくるわ……昼過ぎには戻る」
「もう戻らへんでええわ」
友愛は傑の背中をぽんと押してやった。
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