第16話 オヤジたちの聞くに堪えない過去

 だが、こちらの話はこちらの話で、ろくでもなかった。

 さっきまでモメていたネットオークションの話は、どこやらへ置き忘れられている。

 どうやら、井光が古道具の売り買いとは関係ない話で、お茶を濁していたらしい。

 ちょうど、徹が自信たっぷりの自慢話を終えたところだった。

「……だからなあ、この街のどこかに埋まってんのは間違いねえんだ、徳川の埋蔵金がよ」

 それでもさすがに、道路に大穴を開けた話はできないらしい。

 井光は井光で深く頷きながら、興味津々といった顔つきで尋ねる。 

「何だすねん、その、埋蔵金て」

 徹はふんぞり返って、得意気に答える。

「よくは知らねえんだが、何でも、この唐鼓ってところはな、何だかとんでもねえもん隠すためにできた街なんだってよ」

「すると、それを探してこちらへ」

 話がどんどん脇道にそれていく。

 大阪から持ってきた茶碗の話は持ち出したくないらしい。

 だが、業績不振にかこつけて古道具を押し付けられるような男の話に乗せられるほど、徹はバカではなかった。

「聞くんじゃねえよ、余計なことは……おめえはどうなんだよ、なんでわざわざ所番地も電話番号もねえようなところに」

「家で飼うてる猫がパソコンの上で遊んでましてな、偶然検索してしもうたのがここですねん」

 井光が答えたことは、偶然でも何でもない。おそらくは、猫がわざとやったのである。

 井光と茶碗を、唐鼓の地へと送り込むために。

「娘まで連れてくるこたあねえだろう」

 徹はさらに尋ねたが、問題は、そこではない。

 運よく茶碗から話がそれはしたが、井光の口調は寂しげであった。

「お父ちゃんおれへんほうがおかあちゃん気楽やろ、って」

「カミさんいるのかよ」

 呆れたように口を開けたままの徹に、すかさず井光がツッコむ。

「石根はんは?」

 徹は、途端に耳まで真っ赤になった。

 ムキになって喚き散らす。

「聞くんじゃねえよ、それより古道具は持ってきたんだろうな」

 井光としては、いちばん聞かれたくない話に戻ってきたわけである。

 キジも鳴かずば撃たれまい、といったところであろうか。

 それでも、ここは食い下がるしかないようだった。

「いや、買い手がつかんかったらどないしますのん?」

「ここに泊まっていきゃあいいじゃねえか、売れるまで」

 徹にあっさりと答えられて、井光はたじろいだ。

「いや、それでは……」

 徹とひとつ屋根の下で夜を明かすなど、妙なしがらみがなければ猫でもゴメンこうむりたいところだ。

 だが、そのしがらみを作るのも、徹という男である。

「持ってるのか持ってねえのか」

 低い声で迫られて、畳の上で畏まった井光は、ぼそりと答えた。

「はい、持っとります、私」

 今まで伏せていたらしい。

 よほど徹が信じられなかったのであろう。

「先に言やあよかったじゃあねえか……どれだい」

 井光は観念したのか、籠から茶碗を取り出してみせた。

「あの……これですねん」

「暗えな、蛍光灯でも切れたか」

 徹の言うとおりであった。

 明かりはついているのに、部屋は妙に薄暗い。

 これではどれほど目が利こうと、茶碗の真贋など分かるまい。

「いつもこんなんですねん、わたいの周りは」

「貧乏神でもとりついてんじゃあねえか」

 身も蓋もない言い方である。

 だが、井光の答えようはもっと卑屈だった。

「憑りついとるんですわ、わたしに」

「縁起でもねえ」

 話をまともに聞こうともしない徹に、訥々とした問わず語りが始まった。

「娘の言うとおり、鈍臭い男ですねん。小さい家具屋の営業やってますんやけどな、まともに取引まとめたことおまへんねん……」

 話がどこまでも湿っぽくなっていく。

 さすがの徹も耐えきれなかったのか、途中で口を挟んだ。

「いいじゃねえかクビつながってんだから。俺なんか16でボクサー、それもプロボクサーになろうってんで……」

 それで今はこの身の上なのだから、何の救いにもなっていない。

 こうして、40代も終わりがけのダメ男が2人、お互いの聞くに堪えない身の上話を、かわるがわる語り合うこととなった。

 徹はといえば、上京して夢に破れ、この町に流れてきたところで今の妻と結婚。

 両親もそれを機に財産分けをしてくれたが、それを元手に大儲けしようと図っては逆に大損を繰り返した。

 今では日雇いの土木工事に雇われる傍ら、伝説に語られる埋蔵金を探している。

 その妻は応が高校に入ってからずっと徹の田舎で、老いた両親の面倒を見ている。

 井光はといえば、18歳までは当たり障りなく生きてきたが、就職したところでバブル経済が崩壊した。

 それで職を失うこともなく結婚もできているのが唯一の幸運であった。

 どうも、こっちも重い話になってきた。

 猫は再び、外へ駆け出していく。

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