第15話 再びの電話と男女の修羅場
家の外へ目を向けてみると、日が陰っているにもかかわらず、そこは妙に明るかった。
猫と親がちょっと目を離している隙に、出会ったばかりなの若いふたりは、寄り添って立っていた。
応は恥ずかしそうに、ちらりと友愛を見やって謝る。
「ごめんね、びっくりしただろ?」
さっき怒りに震えて飛び出した応を追ってきた友愛は、家の中で起こっていたことを察していたのかもしれない。
だからこそ、応が何か言いだすまで、その傍らに立っていたのであろう。
長かった沈黙がようやく解けて、友愛は空を見上げると陽気に笑った。
「ウチも苦労してんねん、鈍臭いお父ちゃんやから」
初夏の太陽を隠す薄い雲を軽く吹き飛ばしそうな、眩いばかりの笑顔と爽やかな笑い声であった。
応の顔にも、明るさが戻ってくる。
照れ笑いと共に、友愛に言い訳してみせた。
「いいとこもあるんだ、父さん、あれで」
はにかみながら、目をそらしてうつむく。
友愛は、くすっと笑って言った。
「ええ人やね、応くん」
済んだ瞳で見つめられたせいか、少年の頬に羞恥が溜まっていった。
「はは……よく、言われる」
「おもろない、そんなん言うたこと、ウチ、今までないのに」
応の力ない物言いが気に食わなかったのか、友愛はいきなりむくれる。
その瞬間、応の態度は切り替わった。
何事もなかったかのように尋ねる。
「あ、そういえばあの籠は?」
そこで話をそらしたのはまあ、女の子のあしらい方としては合格点をつけてもよい。
どうやら、この応という少年、窮地に追い込まれないと前向きになれないらしい。
友愛はというと、返事に困ったらしく、曖昧に笑ってみせる。とりあえず、機嫌は直ったようだった。
だが、せっかくのいい雰囲気に、絶妙の間で邪魔が入った。
友愛のカバンの中から、あの六甲おろしが再び鳴り響いたのだ。
ようやくのことで少しずつほころんでいた少女の表情は、再び瞬時に強張った。
「あ?」
友愛が顔をしかめて、カバンからスマホを取り出す。
それが奏でているのは、あの罵詈雑言のきっかけになった、あの着メロである。
だが、応は遠慮がちに告げた。
「ああ、別にいいよ、籠の話は」
「ええのええの、気にせんといて、あんなん」
友愛はというと、しつこく通話を求める電話にそわそわと出る。
籠についての質問は明るい声でうやむやにしておいて、電話の主に罵声を浴びせる。
「……うるさいわ、マサル!」
だが、それは表向きのことだった。
裏の感情は正反対である。
応が感じ取っていたのは、まさにそれであっただろう。
友愛が電話の主との間で最初に見せた罵詈雑言の応酬も、親しい間柄でなければできないことである。
今では猫の目にも、こっちに対するテンションの高さと、あっちのに対する馴れ馴れしさの差は明らかであった。
ましてや、思春期を迎えた少年であれば、それに敏感に反応するのが当たり前である。
「あ、彼から電話?」
平静を装ってみせるが、応の声は固い。
今、少年のはかない夢は終わったようだった。
だが、友愛は電話の主との関係を、いささか慌てながら否定してみせる。
「あ、そういうんやないねん……ほっといて! 彼氏できたんよ! 今日!」
応に笑ってみせるが早いか、電話の主に対しては、じゃあねも言わずに電話を切った。
電話の主は彼氏でないと言いながら、応が彼氏になったと言い切ってみせる。
応はというと、ただ呆然とするばかりだった。
「あの……友愛さん?」
純情な少年を絶望の淵に叩き落としたり拾い上げたり、まことに年頃の娘は恐ろしい。
足下の猫は事の成り行きを見ていることしかできないが、この空気はさすがにいたたまれないものがある。
とことこと、ボロ家の中へと戻っていく。
当然であろう。
出会ったばかりとはいえ、これも男女の修羅場といえなくもない。
ダメ男2人の密談を聞いていたほうがどれほどマシかしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます