第14話 オヤジ2人のよからぬ密談

 さて、ボロ屋の中に残されたむさい中年男2名は、猫がぴんと耳を立てていることなど気にせず、よからぬ相談を始めていた。

 まず、籠を脇に置いてちょこんと正座した井光を前に、徹は真面目な顔で身を乗り出した。。

「あのな、アンダービッダーって知ってるか」

 聞き慣れない言葉だったのだろう。

 井光はしばし考えて、おずおずと口を開いた。

「……安打とかピッチャーなら」

 その瞬間であった。

 ドツキ漫才のような徹の拳骨が、井光の脳天に降ってくる。

 殴られた頭を押さえる井光に、徹は面倒臭そうに説明した。 

「野球じゃねえよ。ネットオークション分かるな、インターネットでやる競り、オークション」

 それでやっと話が通じたらしい。

 頭をさすりながら、ああ、という顔で、井光が頷く。

「あの、ハンマー叩いて値段決める」

 猫も何百年か生きていれば、この唐鼓の町から出なくとも、それがどういうものかは分かるようになる。

 何でも、その場に出された骨董品などに、それを欲しいと思う者が次々に高い値を付けていくものらしい

 それ以上の値がつかなくなったところで、その場の主が木槌を鳴らし、買い手が決まったことを告げるのだ。

 徹は、その辺りの説明は抜きにして、話を戻す。 

「そこで2番手になったのをアンダービッダーという」

 息子にネットを開通してもらう男にしては、妙に詳しい。

 おおかた、ホームページを立ち上げさせた、近所の「若いの」を脅して聞きだしたのであろう。

 おそらく、その若者はヤクザなどやめて、更生への道を歩き出したに相違ない。

 更生するまでもなく、カタギの身のままで似たような目に遭いかかっている井光は、おずおずと答えた。

「そのアンダービッダーはんが何か……」

 徹はそこで、にやっと笑って自慢げに答える。

「ああ、それそれその、競り落とせなかったのを買ってもらおうって寸法だ」

 この発言が論理的におかしいことは、猫でも分かる。

 少なくとも、それを売りつけるからには、誰かが先にオークションで競り落としていなければならない。

 ふんふんと頷いていた井光は、そこで狭い部屋の中をぐるっと見渡す。

「あの、古道具を買いますと広告に……」

 この部屋の中には、それらしい古道具はおろか、生活に必要なものさえあるかどうかも怪しい。

 だが、遠路はるばる大阪からやってきた男に、納得を求めるだけの説明は全く為されなかった。

 徹は井光の貧相な顔を両手で掴むと、ひと息にまくし立てる。

「いいか、どこの世界にも知ったかぶりの半可通はいるもんよ。そこで、何でもそれらしい茶道具でも何でも競りにかけて、値段をつける。あとは、そいつがつけてきたのよりも高い値段をつけて、競り落としゃあいいんだ」

 井光は恐怖のせいか、しばらく口をぱくぱくやってから、ようやく尋ねた。

「誰が?」

 徹は平然と答えた。

「そりゃあ、お前が」

 無茶を言うにもほどがある。

 この金儲けを成立させるために懐を痛めるのは、大阪から足を運ばされた井光ひとりである。

「いや、私ね、そないな金は」

 即答であったが、徹は気にもしなかった。

 胡坐をかいて懐手のまま金儲けをしようとする徹は、恩着せがましく井光の肩をバンバン叩いた。

「いいってことよ、買ったことにすりゃあ。ものの価値の分からん奴は、競り負けたのが悔しいもんよ。そこで、もっと高い値で売ってやると持ち掛けるんだあな。もうけは山分けと行こうや」

「……それ、詐欺とちゃいますか」

 そう言いながら、井光は大阪から持ってきた傍らの籠を抱え込む。

 だが、徹はそんなことは気にもしない。

 自分の都合だけを、べらべらとまくしたてる。

「そういうわけで、誰か持ってねえかと……高そうで、安く買える茶道具」

 聞いているだけで、耳が腐りそうになる。

 そんな毒気のある言葉に返事でもするかのように、籠の中でカタカタと何かが鳴る音がした。

 戸を閉める者もない玄関から、5月だというのに爽やかさのかけらもない風が、生温く吹き込んでくる。

 それは、天気のせいでもあろう。

 だが、何やら良からぬことが起こりそうな気配であった。

 こういうとき、猫としては足音を殺して外へ出るに限る。

 空を見上げてみると、もう初夏の青空は見えなかった。

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