第13話 石根家の難しい事情

 その家の戸口で、武智親子は足元の猫と一緒に待たされるままに、石根家の修羅場を目にすることになった。

 家の中は、外からもそのくらいよく見えた。

 普通なら戸を閉めるところだが、応にはもう、そんな余裕はなかったらしい。

 それでも、猫がとことこと家の中へ入っていくと、土間にはきれいに揃えられた応の靴と、無造作に転がるサンダルがある。

 そこから膝くらいの高さには、開け放たれたままのガラスの引き戸があって、その向こうでは、応が畳の上に膝を揃えて座っていた。

 正座させた父親に、真剣な顔で告げる。

「やめてくれないかな、父さん」

 応も、家の前に妙な看板があるのはおかしいと思っていたようだった。

 だが、徹は自慢げに事情を語る。

 一緒に住んでいるとわかるが、この男、裏にやましいことがあるときなどは、これが顕著になるのだった。

「いや、最近、ニュースであったじゃあねえか、トウキュウロウとかいう爺さんの作った古道具が見つかって、1000万の値がついたとかいう」

 そんなこともあったようである。何でも、150年ほど前に作られたものらしい。

 だが、石根家には縁のないことだ。

 目の前に現金があればともかく、取らぬ狸の皮算用でそうそう言いくるめられる応ではない。 

 縮こまる父親を前に、更なる説教を続ける。

「だからって、そんなものが簡単に手に入るわけないじゃない」

 常識で考えれば、そうである。

 この街中で徹が妙な金儲けをしようとするのはいつものことだった。

 だが、ネットに自ら名前を上げただけでなく、みっともない広告で全世界に恥を晒そうとは応も思ってもみなかっただろう。

 もっとも、その恥が分かるのも、自尊心と羞恥心あってのことである。

 40代も終わりに差し掛かったというのに、徹は気にする様子もない。

「いいじゃあねえか、徳川の埋蔵金探しよりは……ほら、この辺の地下に埋まってるってえ、あの話よ」

 得意げに胸を張るなり、年中着ている半袖のシャツから覗く、筋肉隆々たる腕を組む。

 更には、短パンの毛脛を晒して胡坐をかくと、偉そうにふんぞり返った。

 その瞬間である。

 さっきとは打って変わって、応は険しい顔をすると低い声を漏らした。

「そんなことやってるから、お爺ちゃんお婆ちゃんからもらった財産、みんな無くしたんじゃないか……」

 だが、徹は悪びれた様子もない。

「何か言ったか? お前の学費はその実家が払ってるじゃねえか」

 全く自慢にもならないことを口実に、父親はすっとぼける。

 だが、応は諦めることなく、証拠を出して更に問い詰めた。

「コレ、どういうこと? いつの間に?」

 目の前に置いたのは、自分のスマホである。

 そこには、唐鼓の街と自分の父親の名前、そして用件だけが挙げられている。

 表示された画面をネット上に浮かべた張本人には、もとより悪びれた様子さえもなかった。

「俺が作らせたんだあな、ちょっとそこらの若いのに詳しいのがいて」

 何事にも不勉強で怠惰な徹が、ホームページの立ち上げ方など自分で考えたり調べたりするわけがない。

 さっきのヤクザどもの中にも、もしかするとその「若いの」がいるかもしれなかった。

 まことに気の毒なことである。

 応は深々とため息をついた。

「顔も知らない相手と関わるわけだからさ、危ないんだよ、インターネットって」

「そのインターネットつないだなあお前じゃあねえか」

 そういう問題ではない。

「ちょっと、いや、結構心配なんだ、こういうの」

 目の辺りを拭う応を慰めるように、徹は胸を張って頷いた。

「気にするな、今度は間違いない、こうやって父と子で水入らずで暮らせるように……」

 恩着せがましい説教が始まろうとしたそのときだった。

 応は突然、立ち上がった。

 キッとした眼差しで父親を見下ろす。

「僕、用事あるから」

 さすがに徹も、胡坐をかいて息子を睨み返した。

「おう、どこへなりと勝手に行け……ああ、あのお嬢ちゃんと一緒に。デートでもしてこい、ヒューヒュー!」

 どうやら、家の外にいる友愛が目に止まったらしい。

 遠目にも目を引くほど、伸びやかな身体を持つ健康的な美少女であった。

 小学生男子のような子供じみた冷やかしに背中を押されるようにして、応は家を飛び出した。

 それを見送る徹と目を合わせた井光が、うつむき加減に娘へ目くばせする。

 仕方なさそうに籠を父親に預けた友愛は、応を追って駆けだした。

 こうなると、猫の出る幕はなさそうである。

 戸は開け放たれたままだが、家の中で丸くなっているのがよかろう。

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