第4話 親子漫才のような父娘喧嘩

 虚勢を張りながら去っていくヤクザ達が、3人の視界から消えた後のことである。

「何やしょぼくれた街やなあ、お父ちゃん」

 立ち並ぶ軒の低い民家や商店をさっと見渡して、すらっとした脚を露出した、乳のでかい娘は悪態をつく。

 小さな籠を小脇に抱えたまま、澄み渡った青空を見上げて髪をかき上げる。

 降り注ぐ初夏の日差しの下には、季節外れの南天の実のごとく、髪留めの赤いポッチリ飾りが、眩しく輝いていた。

 全てのゴタゴタを忘れ去ったかのようにさっぱりとものを言う娘を、父親と思しき男は、小声でたしなめる。

「黙っときいな、トモミ。誰が聞いてるか分からんやないか」

 街の者に聞きとがめられれば、また災難に遭う恐れがあった。

 唐鼓は、もともと、ワケありの人々が、身を寄せあって生まれた街である。

 この2人には知る由もないが、長い歴史の間には殺し合いさえあった土地柄である。

 禍々しい心の引き寄せられた者の吹き溜まりならば仕方がない。

 住人の8割9割に、いくぶんかは大昔のアウトローの血が流れているといっても差し支えなかろう。

 だが、トモミと呼ばれた娘は、そんなことを知る由もなかった。

「しゃあないやん、ホンマのことなんやから」

「トモミとゆう名前に友愛とゆう字をやな、充てた親の気持ちを考えんかいな」

 渋い顔をする父親を、友愛と書いてトモミと読むらしい娘は皮肉たっぷりに嘲笑った。

「残念やったなあ、名前負けや」

 名前といえばこの唐鼓という街の名前も、優雅といえば優雅である。

 からの国から渡ってきた鼓、という意味にもとれよう。

 確かに、この街の名は唐の国から渡ってきたものである。

 ただし、トウコという呼び名に充てる漢字が違う。

 盗戸とうこ

 盗賊たち、ならず者たちの住む街という意味である。 

 もともとは漢文漢学の素養のある、身分が高く、学のある者たちがそんな名前を付けたのであろう。

 それが後に泰平の世となってから、この地の領主となった者が体裁を気にして、優雅な漢字をあてたといったところではないか。

 さて。

 そんな時代になると、こうした街はお上から目の敵にされる。

 だから住人たちは見ず知らずの者が町に入り込んでくるのを嫌った。

 外から入ってくる者は、警戒され、ときには迫害された。

 当然、そこにいかなるいざこざが起こっても不思議はない。

 そんな土地に来れば災難がふりかかるのも、もっともなことである。

 だが、娘はそれが大いに不満なようだった。

 籠の中に入っている、父が後生大事に持ってきた茶碗を、口を極めてけなしはじめる。

「売れるわけないやん、こないなガラクタ」

「いや、ここでコレ売り払うてゲン直すんやがな」

 この貧相な中年男は、自信たっぷりに言い切ってみせる。

 だが、友愛はいささか呆れ気味であった。

「働きが悪いんはゲンのせいやない。お父ちゃんが鈍臭いんや」

 さすがにこれには、父親もムッとした顔で言い返した。

「せやったら見とれ、家具売るんも茶碗売るんも同じや」

 どうやら、この貧相な男は家具屋の営業か何かをやっているらしい。

 だが、友愛は友愛で、父親の仕事ぶりをよく知っていた。

「この茶碗貰うてくる前から売れへんかったやないの、箪笥もテーブルも」

 父親のほうは、ムキになって言い返す。

「貰うたんやない、お得意さんから縁起の悪いもんやさかいに引き取り手、探してくれて頼まれたんや」

 もっとも、そんなことで納得するような娘ではないらしい。

「何でそれやるのがお父ちゃんやねん」

「それが顔ちゅうもんや、信用やがな」

 もっともらしく頷いてみせる父親だったが、娘には軽く鼻で笑い飛ばされた。

「舐められてんのや、客に」

 歯に衣着せぬひと言で、その父との間には、しばしの沈黙が訪れた。

 どれほどの時間が流れたであろうか。

 やがて、父親のほうが口を開いた。

「言うてる間に表札見て歩かんかいな」

 人を探しているのだろう。茶碗の買い手に心当たりがあるのかもしれない。

 そうは言っても、話をそらした時点で、この父親の負けは確定である。

 友愛はただひと言で言い返した。

「今時の家は情報セキュリティ厳しいねん」

 そこでどういうつもりか応に流し目を送ると、友愛は口を閉ざして、その側に寄り添うようにして立った。

 茶碗の入った籠をヤクザから守った少年は、真っ赤になってうつむいた。

 この美少女の伸びやかな身体は、純真な少年にとっては少しばかり刺激が強すぎたのであろう。

 そうしたわけで。

 誰ひとり口を開かないまま、時間だけが過ぎていった。

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