第5話 猫たちが背負う秘められた使命

「ろくでもない街やなあ」

 天からの風と共に、孫六がぼやく。

 虎徹はそれをたしなめた。

「そうでもねえこたあ知ってんだろ。昔から言うじゃあねえか、役立たずこそ役に立ち、って」

 虎徹は会ったことがないが、その姿は孫六自身から聞いたことがある。

 いわゆる虎猫らしい。

 面構えのふてぶてしさを想像させる物言いでツッコミを入れてくる。

「昔昔ちゅうて、どんくらいの昔からや」

 聞かれても困る。

 自分の年を数えたこともない。

 いや、もとから猫だったのか、それとも別の何かだったのか。

 それも覚えていない。

 答えようがないという以前の問題であった。

「野暮なこと聞くんじゃねえ」

 それは、虎徹だけでなく、孫六とて同じことだ。

 そもそも、そんな猫は、日本中にいるはずだった。

 人や物の抱えた恨みつらみを浄めるために生きている猫たちが。

 だから、猫たちはお互いの過去を詮索しない。

 自分のことよりも、自分が関わった人や物の記憶が蘇るからである。

 孫六もそれを気にしたのか、話をそらした。

「お前、この街っちゅうか、この土地住んで長いやろ」

 長いなどというものではない。

 お互い、百万回生きた猫、もとい何百年生きてきたか分からないような猫である。

 だから、この街で何が起こったか、それだけは覚えている。

 昔のことをほじくり返されたお返しに、答えてやった。

「だから言ったじゃねえか。この街はろくでもねえ役立たずだが、役に立ってきたんだってよ」

 この唐鼓の街は、魂の吹き溜まりともいってもよかろう。

 だからこそ、この地には、太古の昔から重大な役割が与えられているのだった。

 思わぬ逆ねじを食らわされて、孫六はぶつくさ答えた。

「ここの地べたの下はそういうところやからな」

 人や物の抱えた恨みつらみや悲しみは、この街の下に封じられている。

 消し去ることなどできない、そうした気持ちは、お互いに引き寄せあって大きくなり、放っておけば人を傷つける。

「だから浄めてやらねえとな、ああいう思いは」

 怨念や悲哀は、あるべきところに収めて鎮めてやらねばならない。

この唐鼓の街こそが、それにふさわしい場所だった。

 もともと住んでいた土地を追われた者たちが住み着いた場所。

 そんな土地こそが、深く沈んだ人の思いを封じてやれる。

 人や物がここに引かれてやってくるのは、そのせいだ。

 その橋渡しをしてやるのが、猫たちの役目である。

 だが、孫六は素直ではない。

「いつからそんなことになってん、ワシらのその仕事は」

 虎徹もよく覚えてはいなかった。

 少なくとも、最初のうちは食うや食わずで野山を歩き回っていた日本人が、ひとつところに住処を定めるようになってからだということは間違いない。

 ただ、何をしてきたかは覚えている。

「確か俺たちも、人の食いもんかっぱらって命をつないでやしなかったか?」

「それ言うな、惨めになるやんか」

 そう言い返された虎徹は、敢えて何も言わなかった。

 孫六がそう言うのも無理はない。

 だが、それでも何とか、恨みつらみを抱えた人や物を、近くの猫へ、近くの猫へと受け渡してきたのだ。

 各々が、己の務めの重さを弁えながら。

 だから、虎徹は大真面目に答える。

「俺たちがやんなかったらどうなる。人だって物だって、この唐鼓の街にたどり着く前に他の恨みつらみに引かれてだな、あっちちこっちをうろつき回ることになんだぜ」

 だから、時代が下って人や物がより遠く、より速く流れるようになっても、することは変わらない。

 恨みつらみを、他所へ任せたままにはしない。

 送ったものがどうなったかは、最後まで必ず見届けてきた。

 そこのところは、再び都合よく聞こえてきた、あの大阪猫・孫六の声も分かっているようだった。

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